ハイブリッド車がエコカーでなくなる日
日本でエコカーの代名詞になっているトヨタの「プリウス」などのハイブリッド車(HV)が米カリフォルニア州では「18年モデル」から「エコカー」の対象から外される。ハイブリッド車の販売で世界をリードしてきた日本の自動車メーカーにとってはかなりの逆風で、戦略の練り直しが求められそうだ。
カ州、排ガスゼロ車(ZEV)普及で大鉈(おおなた)
車社会のカリフォルニア州では大気汚染対策として1990年から「排ガスゼロ車」(ZEV=ゼロ・エミッション・ビークル)を目指して本格的な排ガス規制に乗り出した。当初は排ガスに含まれる硫黄酸化物や窒素酸化物などの有害物質の規制に力を入れてきたがほぼ目標を達成した。このため、今世紀に入ってからは温暖化ガスのCO2の排出ゼロを達成するための規制を強化している。CO2排出ゼロを実現するためには走行中にCO2を排出しない電気自動車(EV)や燃料電池自動車の普及が望ましいが、技術的に超えなくてはならない課題が多く短期間には実現できない。
2018年から排除、エコカー比率16%へ引き上げ
そこで、カリフォルニア州は過度的な措置として、相対的にCO2の排出量が少ないハイブリッド車やプラグインハイブリッド車(PHV)、天然ガス車などをクリーンなエコカーとして認定してきた。ところが12年に規制が大幅に強化された。同州では販売台数の大きい自動車メーカーに対し販売台数の14%をエコカーにするよう義務づけた。この段階ではハイブリッド車もエコカーとして認定されていた。ところがこの規制がさらに強化され、来年17年の秋以降に発売される「18年モデル」からハイブリッド車はエコカーの対象から外されることになった。同じハイブリッド車でもPHVはモーター(電気)が中心でガソリンは補助的使用に限られるためエコカーとして残る。しかも「18年モデル」では、エコカー比率がさらに16%へ引き上げられる。
未達成の場合は罰金かZEVクレジットの購入
エコカー比率を達成できないメーカーは罰金を払うか、競合他社からCO2の排出枠(クレジット)を購入して賄わなければならない。米国の電気自動車メーカーのトップを走る新興のテスラは、2013年に他社へのZEVクレジットの販売によって6800万ドル(約68億円)を稼いだそうだ。エコカーに認定されると、手厚い優遇税制の対象になるほか、高速道路ではエコカー専用レーンを走行できる。他のレーンが交通渋滞していてもスイスイ走ることができる。昨年サンフランシスコ郊外の高速道路を走った際も、エコカー専用レーンを快走するZEVを見てうらやましく思ったものだ。
2050年までにZEV100%が目標
カリフォルニア州がZEV 規制を強化してきた背景には、エコカーの普及が進まないことに対する焦りがある。昨年の米新車市場では1747万台と過去最大の販売台数を記録したが、電気自動車の比率は1%にも満たない。テスラのように電気自動車の量産化に成功した企業が現れるなど機が熟したと判断し、各社の競争を通してZEV、特に電気自動車の普及を一気にすすめ、CO2の排出削減を目指す方針だ。同州は2040〜50年頃までにZEV100%を目標に掲げている。さらに同州はニューヨーク州、オレゴン州など8州と「ZEV 推進プログラム」の覚え書きを交わしている。当然他州も「18年モデル」に追随することになるだろう。すでに「18年モデル」に適応するため、米国ではGM、フォード、さらにドイツのBMWなどが今年末頃に電気自動車を発売する計画を相次ぎ発表している。日本車では電気自動車リーフで先行する日産自動車も次世代リーフを発売する準備をしている。
電気自動車で遅れを取ったトヨタの困惑
一方、ハイブリット車で世界市場を席巻してきたトヨタやホンダなどの主力は電気自動車の開発・発売に遅れを取ってしまった。同じ排ガスゼロ車(ZEV)でも電気自動車の場合は一度の充電による走行距離が短いため、長距離走行のためには燃料電池車の方が好ましいとの判断をした。トヨタが14年12月に開発・販売した燃料電池車「MIRAI」がその代表だ。だが、カリフォルニア州では燃料補給のための水素スタンドが大幅に不足し、燃料電池車の販売には限界がある。
さらに走行距離が短いとされてきた電気自動車も、技術革新によって一度の充電で350km近く走れる車が登場している。今後、競争によって走行距離はさらに伸び続けるだろう。
技術革新の勝者が次の時代の敗者になる陥る危険性
トヨタなどは当面の対策としてはクレジットの購入やプラグインハイブリッド車で対応せざるをえないだろう。だが巨大な自動車市場のアメリカが電気自動車に大きく舵を切った今、トヨタやホンダも燃料電池車中心の戦略を練り直し、電気自動車の開発・販売に早急に取り組まないと有力な米国市場で劣勢に立たされることになりそうだ。一つの時代の技術革新の勝者が次の時代の敗者になるケースは歴史を振り返れば枚挙にいとまがないことを自覚すべきだろう。
(2016年6月13日 三橋規宏記)