「もんじゅ」廃炉が視野に入ってきた
戦後日本のエネルギー政策の根幹に位置づけられてきた高速増殖炉「もんじゅ」(福井県)の存廃を巡る議論が活発化してきた。直接のきっかけになったのは、原子力規制委員会が先月11月13日、安全管理の不備が相次いで見つかった「もんじゅ」に対して、運営主体の日本原子力研究開発機構(原子力機構)に代る新たな運営主体を探すように馳浩文部科学相に勧告したことである。回答期限は半年後とした。所管する文科省は新たな移転先を探さなければならないが、高度の専門知識、技能が必要なため、受け皿が見つからない場合は、国策で開発してきた「もんじゅ」の廃炉を視野に入れなければならなくなってきた。
エネルギー政策の切り札として位置づけられてきた
通常の原子力発電(原発)は燃料のウランが核分裂した際に発生する中性子の速度を落とし核分裂の連鎖反応を起こして発電機を回し電気をつくる。これに対し、高速増殖炉は名前の通り、中性子の速度を落とさず,「高速」の状態を維持する。ウランに高速の中性子があたると、使ったプロトリウム以上に多くのプルトニウムが「増殖」する。実現すれば、貴重なウラン資源を有効に使えるため、「夢の原子炉」と呼ばれ、日本では1950年代から実用化を目指して開発に取り組んできた。石炭、石油などのエネルギー資源の多くを海外に依存している日本にとって、自前のエネルギーを確保し、エネルギーの安全保障体制を構築することは国家的課題だった。そのため戦後の日本は、先端科学技術の賜物である原発の開発、実用化を国是として推進してきた。その中心となる考え方が「核燃料サイクル事業」である。
プルサーマル発電は実用化に成功したが・・・
核燃料サイクル事業は2つのルートで進められてきた。一つは現状のサイクルである。電力会社がウラン燃料で電気をつくる通常の原発は、電気をつくった後に大量の使用済み核燃料が発生する。この使用済み核燃料を青森県・六ヶ所村にある再処理工場に運び、燃料に使えるプルトニウムを再生する。再生したプルトニウムとウランを混ぜてつくった燃料(MOX燃料)で原発を動かす(プルサーマル発電)方法で、すでに一部で実用化されている。
ナトリウム漏れで、長期間運転停止へ
これに対し、高速増殖炉は発電しながら消費する以上のプルトニウムを生み出す原子炉だ。「もんじゅ」の建設工事は85年に始まり91年に完成した。高速増殖炉の原型炉で出力は28万キロワット(KW)。95年8月から発電を開始したが、順風満帆とはいかなかった。実用化に当たっては克服しなければならない様々な技術上の高い壁がそそり立っている。たとえば炉心を液体ナトリウムで冷やすが、ナトリウムは水と触れると爆発するため、安全に運転するための細心の注意が必要だ。それにもかかわらず、同年12月にナトリウム漏れ事故を起こし運転を停止した。それ以来20年にわたって安全を確立できず、「もんじゅ」はほとんど動いていない。
管理能力欠如の原子力機構、年間200億円の維持管理費
この間、12年には約1万点の機器の点検漏れが発覚、その後の対応も不完全だったため、13年5月には、規制委員会は原子力機構に対し、運転再開準備を禁止する保安措置命令を伝えた。原子力機構に安全面での管理・運営能力がないことが明白になった。これまでに建設と維持管理に1兆円が投入されてきた。停止中の年間の維持管理だけでも200億円の国費が投入されている。
ドイツ、イギリス、フランスなどは撤退
一方、欧米の動向を見ると、安全性と技術上の困難さから、高速増殖炉に取り組んできたドイツは91年に、イギリスは94年に撤退、フランスも98年に実証炉を閉鎖した。アメリカは元々基礎研究に止め、実証炉に取り組んでいない。原子力規制委員会の勧告が契機となり、問題山積で、将来展望もない「もんじゅ」は廃炉にすべきだ、との意見がエネルギー専門家などの間から起こってきている。
プルトニウムの過剰保有に疑惑の目
ところで、プルトニウムは原爆の主要な原料でもある。日本は使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し再処理が出来る唯一の非核保有国だ。プルトニウムを核兵器に転用せず、平和目的だけに利用することを条件に、日本はアメリカの協力を得て研究・開発を推進してきた。それを定めているのが日米原子力協定だ。18年に期限を迎える。すでに日本が保有するプルトニウムは約48トンに達している。核大国アメリカの43トンを上回り、英仏露に次ぐ多さだ。明らかに過剰保有といえる。危険なプルトニウムを大量に保有する日本に対して国際的に疑惑の目が注がれている。
原子力政策の根本的な見直しを
日本は、深刻な被害をもたらした福島原発事故以後、原発への不信感が強まっている。この際、様々な問題を抱える「もんじゅ」を廃炉にし、それを機に、日米原子力協定の廃止を含めこれまでの原子力政策を根本的に見直し、脱原発へ向け大きく日本のエネルギー政策の舵を切り換える時期がきているように思われる。
(2015年12月7日記)