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消滅の危機に立つアラル海探訪記
アラル海で日の出を見た(上)

アラル海の向こうに見える日の出 

世界第4位の湖が消える?

 アラル海は中央アジアのウズベキスタンとカザフスタンの国境をまたぐ地域にある湖。面積は北海道よりやや小さく、日本最大の琵琶湖の約100倍。1940年代までは世界第4位の規模を誇っていた。そのアラル海が今、消滅の危機に立たされている。米航空宇宙局(NASA)は昨年10月初め、2000年〜14年の間に撮影したアラル海の衛星画像を公開し、ほぼ「消滅状態にある」と発表した。

砂漠の中の湖

 環境問題に関心のある向きには、アラル海が無謀な農業灌漑によって、人為的かつ短期間に破壊された湖としてご記憶の方もあるかもしれない。湖底が干上がり、砂原に置き去りにされた漁船の残骸写真をご覧になった方も多いのではないか。

 アラル海は砂漠の中にある。ウズベキスタン側を流れるアムダリア川とカザフスタン側を流れるシルダリヤ川の二つの川が流れ込んでいた。アムダリア川はパミール高原、シルダリヤ川は天山山脈の融雪水を源流として、2000km以上を流れてアラル海に到達する。塩分濃度1%(海水は3.5%)程度の塩水湖でアラル海サケ、チョウザメ、ナマズなど魚種にも恵まれ、周辺住民は漁業で生活を営んできた。

綿花栽培のための大規模灌漑が原因

 ところが1940年代、この1帯を領土としていたソ連は、アラル海の周辺地域で大規模な綿花を栽培する計画を立てた。綿花栽培には大量の水が必要になる。このためアラル海に流れ込む二つの川を農業灌漑として利用するため本格的な運河をつくった。その結果、60年代に入るとアラル海に流れ込む水量が激減し、70年代には年平均60センチというペースで水面が低下した。塩分濃度も2000年代に入ると海水濃度の2倍近くに達し、魚介類が死滅し漁業が不可能になった。

干上がったアラル海の現場へ出発

 「一度アラル海を見てみたい」と思っていた。たまたまタシケント(ウズベキスタンの首都)に赴任した友人が「よいガイドがいるから一緒に行こう」と声をかけてくれ、5月下旬に実現した。日本からアラル海に行くルートはいくつかあるが、今回は成田から韓国のインチョン空港経由で、タシケントへ直行した。ウズベキスタンには昔から韓国人の出稼ぎが多く、韓国資本の進出も盛んで、1日に2本の直行便がある。日本からの飛行時間は7時間程度だ。タシケントで一泊し、翌日アラル海に向かった。タシケントはウズベキスタンの東端、アラル海は西端のためかなりの距離がある。そこでタシケントからにアラル海に近いヌクス空港まで飛行機を利用。飛行時間は約1時間半。ヌクス空港には地元出身のガイドがジープ(トヨタのランドクルーザー)を用意して出迎えてくれた。

 「これから湖岸に出て干上がったアラル海の湖底を走り、今晩はアラル海が見渡せる丘の上でテントを張り、一泊します。350km程度の距離です。翌日は船の墓場に案内します」と男が説明してくれた。空港からしばらくは道路沿いに綿花畑が広がっており、アムダリア川をまたぐ橋を渡った。水量はまずまずに見えたが、「アラル海まで届いていない」ということだった。

塩分濃度が高くなり、魚介類は姿を消した

 1時間ほど走った後、車は道路を外れ、湖岸に出た。湖岸沿いの道は砂原でデコボコしており、所々に白い砂丘が見え、雑草や雑木が茂っていた。白い砂丘は塩が固まったものだった。雑木の一部は風で砂が舞い上がるのを防ぐために塩土に耐性のある特別の植物の種を空中散布したものだという。やがて湖岸から干上がった湖底に出た。35度を超える炎天下の中で6時間を超えるドライブは結構体にきつかった。

 アラル海が見渡せる丘の上でガイドが手際よくテントを張ってくれた。夕食もガイドが小枝を集めて火をつけ、その上に大きな鍋を乗せ、コメと羊の肉を混ぜたチャーハンのようなものを作ってくれた。崖から60mほど下った湖岸に降りると、小さな波がし寄せている。手のひらですくった水はかなり辛かった。魚介類が姿を消した「死の湖」はどこか寂しい。

早朝5時半、アラル海を染めて真っ赤な太陽が昇った

 深夜、テントの小窓から外を見ると、満天の星空だった。早朝5時半頃にアラル海の向こう側(東側)から真っ赤な太陽が昇ってくるのをみることができた。衛星写真でみると消滅状態のアラル海だが、近くでみると、湖の向こう側から昇ってくる太陽が見られるほどの広さを保っていた。正確な比較は分からないが、まだ琵琶湖(670キロ平方メートル)上回る程度の面積は維持しているように感じられた。

 湖に降る雨量は少なく、流入する川の水が途絶えがちの現状で、毎年かなりの水分が蒸発しており、湖岸の崖はぼろぼろ崩れていた。20年後、アラル海が今のような姿で存続しているかどうかは悲観的だとガイドは語った。

(2015年6月21日記)

 
 
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