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水銀水俣条約の早期発効を期待する

途上国の人たちの健康守る

 水銀の使用や輸出入を包括的に規制する「水銀に関する水俣条約」が10月10日、約140カ国・地域が参加して熊本県・水俣市で開かれた国連環境計画(UNEP)の外交会議で採択されました。水銀による健康被害は、途上国で特に深刻な問題になっており、途上国の人たちの健康を守るため、できるだけ早く発効させたいものです。

水銀被害といえば、水俣病を思い出す

  水銀被害といえば、水俣病を思い出す人が多いと思います。今から約60年前、熊本県水俣市で発生した公害病です。原因物質は化学工場のチッソ水俣工場の排水中に含まれるメチル水銀化合物(有機水銀)です。工場から海や川に排出されたメチル水銀化合物を魚介類がエラや腸管から吸収する、これらの魚介類を日常的に多量に食べる地元住民の間で発生した中毒性の中枢神経疾患です。同じ頃、新潟県阿賀野川流域でも昭和電工が排出したメチル水銀化合物が原因で、同様の病気が発生しました。新潟水俣病です。

深刻な身体の機能障害を引き起こす

  健康上問題がなかった住民の中から、手足にしびれや震えが生じ、視野が狭くなり、耳が聞こえなくなる人、言葉がはっきりしゃべれなくなる人、激しいけいれんを起こし、意識を失い発病後一カ月ほどで亡くなる人も出てきました。胎児性水俣病患者は、出生の時から身体や精神の発達が遅れ、高度の運動障害に陥り、早期に死亡するケースも見られました。

50カ国以上の国・地域が締結してから90日後に発効

  公害病の代表とされる水俣病の被害者救済は、まだ終わっていませんが、水銀による健康被害は、今、場所を変え、途上国を中心に広がる恐れが出てきました。水銀汚染から健康を守るため、水銀の採掘から使用、管理までをグローバルベースで包括的に規制する必要があります。条約採択の結果、50カ国以上の国・地域が締結してから90日後に発効することが決まりました。条約の正式名称に水俣の地名がついたのは、日本の主張を取り入れ、条約の前文に「水俣病を教訓に同様の被害を繰り返さない」という文言を入れたためです。

日本の水銀需要は、64年の2500トンから10年には10トン程度まで減少

  国連環境計画によると、世界の水銀需要は05年に3800トン。主として小規模な金採掘や工業生産用の触媒などに使われています。日本の需要量は水俣病が大きな社会問題になった64年当時は、約2500トンありましたが、使用量を削減する技術導入や排出規制で現在約10トン程度まで減少しています。

途上国での水銀排出は、約8割を占める

 同じ国連環境計画によると、大気中に排出された水銀は、10年現在、世界全体で約1960トン。このうち、アジアが49%、アフリカ17%、中南米が15%を占めています。全体の約8割が途上国から排出されていることがわかります。途上国での水銀排出が際立って高いのは、金採掘に水銀が使われているからです。大気中に排出される水銀の37%が小規模金採掘に係わるもの、次いで石炭火力が25%、その他がアセドアルデヒド工場などの生産過程で排出されるものなどです。

ブラジル・アマゾン川流域などでの金採掘現場で大量使用

 特に水銀被害が心配されているのは、ブラジル・アマゾン川流域、インドネシアやフィリピンなどの東南アジア、ガーナ、タンザニアなどのサハラ砂漠以南のアフリカなどの金採掘現場です。これら地域の零細金採掘従事者は、砂金を含んだ泥に水銀を混ぜて作った合金(アマルガム)を熱し、水銀だけを蒸発させて金を精製しています。作業に携わる労働者は、水銀の蒸気を吸って中毒になる被害が出ています。水銀が流れ込んだアマゾン川の魚を食べた流域住民に水銀中毒の症状が現れているという報告もあります。この他、中国では、水銀を含んだ石炭を使った火力発電所から排出される水銀被害が指摘されています。

水銀鉱山の新規開発禁止、既存鉱山の閉山、水銀製品の製造、輸出入の禁止など

 水銀に関する水俣条約は、水銀がもたらす健康被害や環境汚染を防止するため、採掘から使用、排出に至るまで幅広く水銀の使用を規制するための条約です。それでは、具体的にどのような内容が盛り込まれているのでしょうか。まず、第一は水銀鉱山の新規開発を禁止し、既存の鉱山も条約発効後15年以内に閉山すること。根元から水銀を断つという考え方です。第二は、電池や蛍光灯、体温計など水銀を含む製品を20年までに製造を禁止し、輸出入も原則禁止すること。弟三は、塩素アルカリ工業では25年、アセドアルデヒド製造工程では18年までに水銀の使用を禁止すること。この他、石炭火力発電所などから排出される水銀を大気中に出さないため、水銀除去装置を義務付けることなどが記載されています。

日本は、水銀被害を防ぐための技術提供などで支援を

 肝心の小規模金採掘現場での水銀の使用、排出については、「使用、排出の削減、可能であれば廃絶」と緩やかな表現になっています。採掘現場で働く人々は、貧困層が多く、水銀を使った金採掘が直ちに禁止されると、生活が成り立たなくなることに配慮したためです。小規模金採掘に従事する人は、世界全体で,1千万~1500万人いると推定されています。この人たちを水銀被害から救うためには、一刻も早く採掘現場での水銀使用の廃絶が必要です。日本は小規模金採掘に水銀を使わない技術や水銀暴露量を測定する技術などの提供で貢献することが可能です。条約採択を機にさらなる支援体制の強化が求められます。

(2013年12月11日記)

 
 
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