チェルノブイリ原発事故の全貌示す書籍発売
4月下旬、岩波書店から「調査報告、チェルノブイリ被害の全貌」が出版されました。著者は、長年チェルノブイリ事故による健康への被害や環境への悪影響を調査、研究してきたウクライナ、ベラルーシ、ロシアの科学者、医者などの専門家グループです。チェルノブイリ原発事故は、1986年4月26日、当時のソ連領(現ウクライナ)チェルノブイリ原子力発電所4号炉の爆発によって起こりました。今から27年前のことです。
事故前は90%の子供が健康だったが、今、健康な子供は20%に満たず
報告書によると、チェルノブイリ由来の放射性物質で汚染された地域に住む人々は30億人を下回らないということです。また爆心地に近いウクライナのキエフでは、メルトダウン前には、90%の子供が健康だったが、現在、健康な子供は20%に満たないと報告しています。さらに、チェルノブイリ事故に由来する死亡総数は推計105万人に達するというショッキングな数字も明らかにしています。チェルノブイリ原発事故は、国際原子力事象評価尺度(1NES)で最悪のレベル7(深刻な事故)に分類されています。
3万点を超える出版物を総合編集
チェルノブイリ事故による様々な被害状況の調査、研究は、事故発生後20年目の2006年には、ロシア語などスラブ系言語で書かれたものを中心に出版物だけでも3万点以上もあります。今回出版された報告書は、これらの主要な論文、調査、研究を総合的に集め、編集したもので、09年ニューヨークで英語版として出版されました。今回出版された調査報告はその日本語訳です。
なぜ、チェルノブイリ事故のフォローアップをしなかったのか
本書を一読して最も強く感じたことは、もし、日本が本書に描かれているようなチェルノブイリ事故の被害状況や事故後の対策を事前に十分フォローアップし、万一に備え、対策を講じていれば、事故後の健康対策や汚染地域の放射性物質除染対策などがもっと速やかに効率的に進められたのではないかと思ったことです。日本では、なぜ戦後最大の深刻な原発事故だったチェルノブイリのフォローアップを怠ってきたのでしょうか。
原発安全神話を信じて、リスクに蓋(ふた)をしてしまった
最大の原因は、「原発安全神話」にあると思います。日本に原発が造られて以降、半世紀近くの長い間、政府、電力会社は「原発は安全」、「万一事故が起こっても、2重、3重の安全対策を講じているので、放射線漏れなど起きない」と国民に言い続けてきました。特に福島原発事故が起こる直前まで、経産省を中心とする政府は、発電段階で、温暖化の原因になるCO2(二酸化炭素)を排出しないクリーンなエネルギーとして、電力会社と一体となって、原発の推進、大量増設に力を入れてきました。27年前、チェルノブイリ事故が発生した直後、電気事連合会は、「ソ連チェルノブイリ原子力発電所の事故について」というパンフレットを作成、配布しました。その中で、チェルノブイリ事故は、特殊な政治体制のもとで、特殊な設計に基づいた原子炉(黒鉛減速炉)で起こった事故であり、「わが国ではこのような事故は起こりません」と指摘しています。
日本の原発は安全なので、チェルノブイリ事故のフォローアップは不必要とする奢り
日本の原発は、旧ソ連のものと違って安全であり、事故は起きないので、チェルノブイリ事故後の人々の健康被害や放射能による食品汚染、さらに野生の動植物などに与えた影響、さらに放射性物質の線量軽減のための対策など一切調べる必要はない、と政府も電力会社も考え、チェルノブイリ事故のフォローアップを完全に怠ってきました。このため、福島原発事故以前は、チェルノブイリ事故の被害状況は、NPO法人チェルノブイリ救援・中部など一部の民間の科学者集団を通して伝えられる細いパイプに依存するほかありませんでした。だが、安全といわれた日本の原発も決して安全ではなく、チェルノブイリと並ぶレベル7の深刻な事故を発生させてしまいました。事故が起こった後、食品の安全や子供の健康被害対策をどうすべきかで、政府は混乱し、当初、的確な対策が講じられなかったのは、ご承知の通りです。
政府、電力会社は、本書を精読すべきだ
放射線被ばくといえば、「ガン、白血球」と短絡的に結び付けがちですが、チェルノブイリの被害状況をみると、それ以外にも心臓障害、血液、リンパ系疾患、若年性白内障、免疫力の低下、呼吸器系疾患、子宮内被ばくによる子供の健康障害など多岐にわたっています。福島で被ばくした人々の病状を調べるための参考になります。
食品中の放射性セシウムの規制基準も、事故直後の暫定基準は甘過ぎ、多くの人々が健康への不安を訴えました。政府は翌年12年4月に厳しい新基準に設定されました。これはウクライナの基準に近いものでした。チェルノブイリをフォローアップしていれば、1年前に新基準に近い内容になっていたはずです。今からでも遅くはない。政府も電力会社も、本書を精読し、参考にできる部分はしっかり参考にして放射能汚染という新たな環境問題に本気で取り組んでもらいたいものです。
(2013年6月3日記)