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原発依存率とイノベーションの関係を考える

原発ゼロ支持が約7割占める

政府が原発依存率3つの選択肢を掲げ、国民の意見を聞く聴取会は、7月中旬から全国11か所で開かれましたが、30年までに原発ゼロを求める意見が、68%と圧倒的な支持を集めました。15支持が11%、20〜25%支持が16%、選択肢以外が5%という結果になりました。

今月末に決断する予定だったが・・・

政府は今月末までに、聴取会の意見を参考にしながら最終的な政府案を決める方針です。ゼロシナリオについては経済界からの反対が強いが、国民の7割近くが支持していることは無視できません。経済界が支持する20〜25%シナリオはとても今の国民感情の下では選べません。そこで真ん中の15%シナリオで妥協を図りたいというのが政府の本音のようですが、15%シナリオには政府部内からも高過ぎるとの批判があり、最終決定は9月以降に先送りすべきだとの声が強まっているようです。

原発依存率と経済活動の関係

原発依存率をめぐる議論のひとつに、原発ゼロだと電力不足が深刻化し、経済が回らなくなるから反対だ、との声が産業界を中心に出ています。深刻なデフレ、日本経済の実力を反映しない異常な円高、高止まりの失業率など足元の経済環境が悪いだけに、これ以上経済が停滞してしまっては困る、原発はイヤだが、経済が回らなくなるのもイヤだといったジレンマに悩む国民は少なくないと思います。だが、原発ゼロになると経済が回らなくなる、という指摘は本当でしょうか。私の考え方は逆で、政府が原発ゼロをはっきり打ち出せば、それを契機に経済が大きく動き出すと、見ています。

原発依存率が低くなると、経済成長が下がるという経済モデルの限界

原発依存率が低下すると、経済成長が低下する、という指摘は、政府が3つの選択肢を示した資料の中に載っています。計量モデルによって、2030年の日本経済の架空の姿を想定し、原発依存率を変化させることによって、架空の日本経済の姿がどのように変化するかを試算したものです。このモデルを使うと、原発依存率を低下させると、化石燃料の輸入が増えること、電力価格が上昇することなどの要因が重なって、総需要が減少し、経済成長率を引き下げる、という結果になります。一般均衡モデルなので、初めから輸入の増加や価格上昇は、経済成長率を引き下げる要因として働くように設計されているからです。

厳しい排ガス規制を乗り越えた日本車が世界市場を席巻

架空の姿ではなく、現実の経済はどう動くでしょうか。経済活動が活発化する最大の条件は、変革を阻止する壁(旧体制維持のための制度や法律、慣行など)を企業がイノベーション(技術革新)によって乗り越えるときです。日本の自動車メーカーが80年代以降の世界の自動車市場を席巻できたのは、70年代後半に「日本版マスキー法」の厳しい排ガス規制の壁をイノベーションによって乗り越えたことです。当時、全盛だったGMなど、アメリカのビッグスリーは、豊富なカネを使い、議会へのロビー活動を積極的に展開し、米マスキー法の実施時期を大幅に先延してきました。その結果、技術開発への取り組みが遅れ、リーマン・ショックで倒産に追い込まれるなど衰退してしまいました。

原発ゼロの選択こそイノベーションのチャンスだ

原発依存率の選択も排ガス規制に似た部分があります。福島原発事故前の2010年の電力供給に占める原発発電量の割合は26%でした。20〜25%シナリオは、事故前とほぼ同程度の原発依存率なので、エネルギー構造などほとんど変える必要はありません。このような状況ではイノベーションは起きず、経済活動は今と同様であまりぱっとしません。だが、ゼロシナリオを受け入れれば、思い切ったイノベーションが起こってきます。再生可能エネルギーの普及・促進、省エネルギーの推進、電気自動車やエコハウスの普及などのため、ブレークスルーを伴うイノベーションが必要になるからです。火力発電も石炭や石油に代わって、CO2排出量が少ない天然ガスへの転換を早めなくてはなりません。この転換にも新たな技術、設備投資が求められます。ゼロシナリオは、既存の経済活動の土台を根本的な組み換えるため、新しい投資や需要、サービスが次々と登場してきます。

独大手電機メーカー、シーメンス、原発事業から撤退

今、政府に求められているのは、日本の原発をどうするかについて、はっきりした方針を早く打ち出すことです。最悪のケースは、「当面、原発依存を現状よりも減らすが、廃止するかどうかの最終決定は、10年後、20年後、様子を見て決めればよい」といった先送りの姿勢です。これではイノベーションは起きません。ドイツでは政府が、脱化石燃料、脱原発をはっきり打ち出したことで、再生可能エネルギーの分野で様々なイノベーションが起こっています。2050年の再エネ比率は80%を目標に掲げ、できれば100%を目指すと国民の意識も高揚しています。ドイツの原発メーカー大手のシーメンスは昨年秋、政府の決定を受け、原発事業からの全面撤退を表明して、世界を驚かせました。同社は今後火力発電や再エネなどの開発に全力投球する構えです。政府が国民の声を受け止め、原発ゼロシナリオを選択すれば、国民も企業も低炭素社会へ向け積極的に動き出します。この選択こそ、低迷する日本経済を復活させる最も現実的な対応といえるでしょう。

2012年8月6日記

 
 
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