奇跡の魚、クニマス
環境省のレッドリストで「絶滅」扱いになっている日本固有の魚、クニマスが、昨年12月、山梨県・西湖で生存が確認されました。このニュースを知った生物学者の天皇陛下が「奇跡の魚」とその発見を称えたこともあり、マスコミでも大きく取り上げられたのでご記憶の方も多いと思います。クニマスはもともと、秋田県の田沢湖だけに生息する固有種で、大きくなると30センチほどになる淡水魚です。最盛期の1935年当時は、漁獲量が8万8千匹近くに達していたそうです。
田沢湖のクニマス、酸性化で死滅
ところが、1940年(昭和15年)に、田沢湖の水を灌漑用水や水力発電に利用するため、水量を多くする必要が生じ、酸性の強い玉川の水を導入しました。玉川には上流の玉川温泉からPH(ペーハー)1・1の強酸性の水(玉川毒水、玉川悪水などと呼ばれている)が流れ込んでいます。ちなみに、PHとは、水質が酸性か中立かアルカリ性かを調べるための化学指標です。PHは0〜14まであり、7が中性、7以下が酸性、7以上がアルカリ性と区別しています。人間の体は弱アルカリ性(PH7.35〜7.45)です。田沢湖に強酸性の水が導入された結果、同湖の魚類は、ほぼ死滅してしまいました。
山梨県・西湖で生存が確認される
田沢湖のクニマスが絶滅する数年前に、放流用のクニマスの卵が10万粒、富士山麓の西湖に運ばれ放流されました。今回発見されたクニマスは、このとき放流されたものが西湖に適応し繁殖したものと考えられています。
里帰りへの期待膨らむが、簡単には運ばない
クニマス発見は地元秋田県でも大きな話題になり、さっそく「里帰りをさせたい」と地元の期待が膨らんでいます。しかし、里帰りは簡単には運びそうにありません。秋田県や地元では、田沢湖の酸性を中和させるため、72年に石灰石による中和対策を始めました。91年には抜本的な対策として、玉川酸性水中和処理施設の運転もはじめました。この結果、湖水表層部は徐々に中性に近づいており、放流されたウグイの姿も見られるようになりました。
2000年の調査では、深度200メートルでは、PH5.14〜5.58、400メートルではPH4.91となお強酸性の状態にあり、クニマスが生息できる環境には、ほど遠いようです。
自然いっぱいに見えた田沢湖だったが・・・
私は、昨年の夏、東北を旅行し、田沢湖畔で一泊しました。その時は同湖が酸性水で魚類が生息できないほど汚染された湖であることは全く知りませんでした。日本一の深い湖(最大深度423.4メートル)であり、透明度も高く、湖上に浮かぶ伝説の娘、「辰子像」を眺めて、自然いっぱいの湖に感動しました。
人為的行為で破壊されたもう一つの顔にショック
ところが、今回のクニマスの発見で、同湖が持つもう一つの顔、人為的行為で魚類が棲めない酸性湖に変えられてしまった悲劇の顔のことを知り、大きなショックを受けました。
欧米では酸性雨で湖沼の酸性化が各地で起こった
酸性化された湖としては、70年代から80年代にかけて、欧米各地で広がった酸性雨による湖沼の酸性化があります。急激な経済発展によって、火力発電や石油化学工場、自動車などの排ガスに含まれる硫黄酸化物や窒素酸化物が大気中で化学反応を起こし、強い酸度の雨(酸性雨)となって降り注ぎ、森を枯らし、湖沼を酸性化させ、魚類を死滅させてしまうケースが各地で続発しました。たとえば、当時の地球白書(ワールドウオッチ研究所編)によると、「1980年、カナダ・オンタリオ州の約140の湖が酸性化されて魚がいなくなった」、「調査した5000の湖のうち、酸性化によって1750の湖で魚類が死滅した」(フィンランド)などの事例が数多く紹介されています。
経済開発優先で深刻な被害発生を見抜けなかった?
田沢湖の酸性化の原因は、欧米と違って、酸性雨ではありません。すでに指摘したように、地域経済発展のために良かれ考え、別の水系である強度の酸性水を含んだ玉川の水を導入したことが原因で、その結果、同湖の魚類を短期間に死滅させてしまい、死の湖になってしまったわけです。当時、このような行為をすれば、田沢湖に深刻な被害を及ぼすだろう、といった意見は少数意見として避けられ、田沢湖の水利用のメリットだけが強調されたことは、容易に想像できます。
里帰りの条件は、元の田沢湖に戻すこと
ひょっとすると、生物多様性に富む湖が人為的行為によって、魚類が棲めない死の湖に変えられてしまった最初のケースが田沢湖だったかもしれないと、考えると胸が痛みます。
田沢湖を生物多様性に富んだ元の湖に戻す努力こそがクニマスの里帰りの最大の条件だといえるでしょう。
2011年 1月10日記