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生物資源利用の初の国際ルール〜名古屋議定書の読み方〜

利益配分めぐり原産国と利用国が激しく対立

10月下旬、名古屋市で開かれたCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)では、生物資源(特に遺伝資源)の利用やその利益配分をめぐって、原産国(途上国)と利用国(先進国)が激しく対立しました。一時は合意見送りの観測が強まりましたが、最終日の30日未明、ぎりぎりになって、両者の妥協が成立し、名古屋議定書が採択されました。

遺伝資源は途上国に集中している

遺伝資源は、医薬品や食品製造に欠かせないものがたくさんあります。たとえば、マラリアの特効薬、キニーネ(アルカロイド)は、南米アンデス山脈に自生するキナの樹皮を原料にして作られたものだし、インフルエンザ治療薬、タミフルは、中国原産の常緑樹の木の実「八角」が主原料です。また、マダカスカル原産の薬草、ニチニチソウは抗がん剤の貴重な原料です。食品をゼリー状に固める寒天の原料はテングサです。

特に、医薬品などに使われる遺伝資源の多くは、生物多様性に富む発展途上国に集中的に存在しています。

原産国、遺伝資源から得られる利益配分を要求

一方、遺伝資源の分子構造を分析・研究し、用途に見合った医薬品を開発し、製造・販売するのは、もっぱら先進国の企業です。このため、原産国と利用国との間では、これまで生物資源の利用、公平な利益配分をめぐって、激しい対立が続いていました。

原産国側としては、遺伝資源がなければ、医薬品はできないので、適正な利益配分を受けるのは当然だ、と主張します。これに対し、利用国側は、企業が遺伝資源の収集、分析・研究し、さらに製品を開発・販売するまでには、かなりの時間とお金がかかる。苦労してつくった製品の利益の多くを原産国に支払わなければならないなら、企業の新製品開発のインセンテブがなくなる、と反論しています。

生物資源利用の国際ルールとしての名古屋議定書

これらの議論を踏まえて、COP10では、生物資源利用の初の国際ルールを作ろうということで、長時間議論を重ね、最終的にまとまったのが、名古屋議定書です。
名古屋議定書の骨子はおおよそ次の4点です。

@ 生物資源利用の条件

遺伝資源を利用する場合、利用国は、事前に原産国の許可を得る。資源を利用する側は、原産国と利益配分について個別契約を結ぶ。

A 過去の利用分は利益配分の対象にしない

議定書発効前の生物資源の利用については、利益配分を認めない。
COP10では、アフリカなどの途上国から、植民地時代から今日まで、原産国の多くの遺伝資源が先進国に持ち出され、製品開発に使われ、利用国は膨大な利益をあげてきたのだから、利益の一部を還元すべきだと主張しました。これに対し、利用国側は、過去の利益を具体的に計算することが難しいこと、国際法のルールでは、「条約発効後の適応」が常識だと反論し、激しく対立しました。しかし先進国側が生物多様性保全のための資金供給を約束したため、途上国側は要求を取り下げました。

B 派生品の取扱

派生品も利益配分の対象に含めることができる。ただし対象や利益配分については、契約時に個別に判断する。
遺伝資源を化学合成でつくる、一部を改良して新製品をつくるなどの「派生品」を利益配分の対象に含めるかどうかについても意見が対立しました。
原産国側は、貴重な遺伝資源の多くが、先住民の長年にわたる生活体験の中から、発見、利用されてきたものであり、先住民の知恵の結晶である。それを参考にしてつくられた派生品は、当然利益配分の対象にすべきだと主張しました。これに対し、利用側の一部の国は、派生品は高度な科学技術によってつくられたものであり、対象から外すべきだと反論しました。議論の結果、契約時にケースバイケースで判断することで、最終的に妥協が成立しました。

C 不正監視

遺伝資源の不正取得を監視する機関を各国が一つ以上設置する。
原産国から不正に資源が持ち出されないように監視する機関、利用国側は、不正に持ち出された資源でないことをチェックする機関を双方が設けることで、合意が成立しました。

名古屋議定書を実のある条約に育てる

名古屋議定書が採択されたことで、今後は各国が批准手続きをして正式発効の運びになります。そうなれば、生物資源利用の初の国際ルールが一応整うことになります。しかし、派生品の取扱などについては、総論合意にとどまっており、具体的にどこまでを対象範囲に含めるかとか利益配分比率などの各論段階の詰めはこれからです。その過程で、今後も様々な紛糾が予想されます。しかし議定書が採択されたことは生物資源の持続可能な利用へ向けた大きな一歩であることは確かです。今後不備な点を改善し、名古屋議定書を実のある条約に育てていくことが期待されます。

2010年11月7日記

 
 
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