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温室効果ガス削減のロードマップづくりへ3つの注文

地球温暖化対策基本法案、衆院通過で急がれるロードマップの作成

地球温暖化対策基本法案が18日、衆院を通過しました。今国会が閉幕する6月中旬までに成立する見通しです。同法案には、GHG(温室効果ガス)の排出量を20年には90年比25%削減、50年には同80%削減することが明記されています。法案成立後、直ちに削減目標を達成するためのロードマップを作成しなければなりません。すでに環境省では専門家による作業部会を設け準備を進めていますが、整合性のとれたロードマップづくりのためには、これから50年に向けて日本がどのような姿に変わっていくのか、日本の新しい国家目標は何かなどについて明確なビジョンが必要です。この点について3つの注文をしておきたいと思います。

50年の日本の姿をはっきり打ち出せ

第1の注文は、50年の日本の姿をはっきり打ち出せ、ということです。これから50年に向けて、日本は大きな変貌を遂げることが予想されます。20年の日本の姿は、過去の延長線上の姿としてある程度描くことができますが、50年の姿は、これまでとは全く異なるはずです。まず日本の人口ですが、現在1億2700万人程度ですが、50年には9500万人程度まで減少します。3000万人以上減少し、減少率は25%を超えます。これだけ人口が減少すれば、GDP(国内総生産)の規模も現在より縮小せざるをえません。しかし、環境省が目下作成しているロードマップの原案では、50年のGDPは現在より5割近く増えることを想定しており、粗鋼生産も、現在とほとんど変わらない年間1億トンが前提になっています。50年の日本の姿とは、ほど遠い姿といえるでしょう。人口減少とそれに伴う成長率の低下、粗鋼生産が今の半分の5000万トン程度まで減産すると現実的に想定すれば、50年の80%削減のうち、半分の40%近くは需要減によって達成できます。過去のいきさつ(GDPの縮小を政府として発表できないといった考え方)や業界の圧力を排して、50年の日本の姿を客観的に描き出し、そのフレームワークに沿って、ロードマップをつくることが必要です。

一般均衡モデルの限界を打ち破れ

第2は、一般均衡モデルを活用した環境政策シミュレーションの限界を打ち破れ、ということです。一般均衡モデルとは、供給サイドの企業は利潤極大化、需要サイドの消費者は効用最大化(経済合理性)で行動し、両者が自由な市場で取引をすることで、唯一の均衡価格と数量が決定するとしたモデルです。このモデルの最大の特徴は、環境政策が導入されない場合が、最も高い成長率が達成でき、環境税や固定価格買取制度などを導入すると、成長率が落ち、可処分所得が減少し、国民の負担が増えるという結果を導き出すことです。リーマン・ショックが引き金になった今度の世界同時不況は、20世紀の繁栄を支えた石油文明の崩壊を伴う構造不況の性格が強いと思われます。企業が石油をジャブジャブ使って規模の利益を追求する経営手法に限界がきています。消費者行動も、経済合理性の他に弱者に対する同情や地球環境を守るというような使命感で行動する人たちが増えています。このような激変の時代には、供給曲線は右上がり、需要曲線が右下がりといった単純な図式は通用しません。一般均衡モデルは、環境破壊や資源の枯渇化、人口や産業、エネルギー構成比などが大きく転換する時代には役に立たないばかりか、誤った結論を導きかねません。世の中が落ち着き、「その他の条件が変わらなければ・・」という前提が成り立つような世界になれば、再び説得力を持つかもしれませんが・・・。

デカップリング政策で低炭素社会を目指せ

第3の注文は、デカップリング政策を推進することで低炭素社会を目指すという、明快な国家目標が必要です。デカップリング政策とは、化石燃料の消費、別の言い方をすれば、CO2の排出量をマイナスに転じさせるための様々な技術革新やそれに伴う新規投資や需要の拡大によって、右上がりの経済成長を実現するための政策です。18世紀後半の産業革命以降、今日まで、250年近くにわたって、化石燃料と経済成長は同じ方向を目指して歩んできました。経済成長のためには化石燃料の大量消費が必要だし、化石燃料の大量消費がなければ、高い経済成長は実現しないという関係です。両者は強いカップリング(結合)の関係にあったわけです。しかしこれからは、両者の関係を引き離す(デカップリング)政策が求められており、それが世界を救うことになります。


「環境と経済の両立」から、「環境と成長の実現」へ


数年前まで、「環境と経済の両立」という表現がよく使われました。化石燃料の原単位を向上させることで、環境と経済を両立させようとする考え方です。たとえば1単位のGDPを生産するために投入する石油量を減らすことができれば、石油の消費量は減ります。これが石油の原単位です。原単位が向上すれば石油消費が減り,CO2も減少します。しかし原単位の欠点は、総量の減少に歯止めがかけられないことです。いくら原単位を改善しても、GDPが増え続ければ、CO2の総量が増えてしまいます。 このような反省からデカップリング政策が注目されてきたわけです。デカップリング政策はCO2の排出総量を削減することを目指しています。それを可能にするためのイノベーション、設備投資、新規需要が相乗効果を発揮して、新しい経済成長を目指す政策です。そのためには環境税や新エネルギーの固定価格買取制度、CO2の排出量取引制度などの新しい制度設計をワンパッケージで導入することが必要です。


グリーン・リカバリーは打ち出の小槌だ


GHGの排出量を20年に25%、50年に80%それぞれ削減するためには、現状の産業構造、エネルギー構成比、消費行動などを全面的に転換させなければなりません。現状のやり方を変えずに、「乾いたぞうきん」を絞るような非効率な削減方法では、とても大幅な削減はできません。すでにヨーロッパ主要国では、デカップリング政策に成功しており、GHGの排出量を削減しながら、日本よりも高い成長を実現しています〔下図参照〕。先進国の中では、日本とアメリカだけがGHGを増やしながら経済成長を増やすという20世紀型の発展パターンから抜け出せないでいます。日本がデカップリング政策を成功させるためには、地球温暖化対策基本法をベースにして、低炭素社会と景気回復、雇用拡大の3つの目標を同時に実現させるグリーン・リカバリー(緑の回復)を強力に推進することです。その点で、基本法は3目標を同時に実現できる現代版「打ち出の小槌」といえるでしょう。



2010年5月28日記

 
 
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