どん底の米自動車産業
昨年秋のリーマン・ショック(米大手証券会社の倒産)が引き金になったアメリカ発の金融危機は、深刻な世界同時不況を誘発し、各国経済に大きな打撃を与えています。震源地のアメリカでは、金融危機の直撃を受けて、GM、フォード、クライスラーのビッグスリー(米自動車大手3社)の経営が傾き、政府資金の支援で、かろうじて倒産を免れているような危機的状況に追い込まれています。
米市場での販売シェア、50%を割り込む
1年前には想像もできませんでした。経営不振の最大の原因はつるべ落しともいえるような販売の急激な落ち込みです。米調査会社、オートデータの資料によると、08年の米新車販売台数は、前年比18%減の約1324万台となり、92年以来16年ぶりの低水準に沈みました。中でもビッグスリーの落ち込みは大きく、初めて販売シェア50%を割り込みました。最盛期の98年には70・1%の圧倒的シェアを誇っていた3社のシェアは、47・5%まで縮小してしまいました。
石油をジャブジャブ使って走るアメリカ車の時代は終わった
今度の不況は、これまでの循環型不況とは異なり、構造不況の色合いが濃いように思われます。循環不況であれば、景気が回復してくれば再び販売が上向いてくるでしょうが、今回の不況は、「そうはならない」と自動車各社の首脳は悲観的です。今回不況は、大げさにいえば、20世紀の繁栄を支えてきた石油文明の崩壊を伴う構造的な不況といえます。石油をジャブジャブ使って走る大型車を得意とするビッグスリーの時代が終わったことを示すシグナルが、今回の販売不振だったわけです。
不況の長いトンネルと抜けると低公害車の時代になる
自動車不況の長いトンネルを抜けた後の世界の自動車市場では、明らかに低公害車が主役に躍り出ることになるでしょう。現在、低公害車の代表格としてはトヨタ自動車の「プリウス」、ホンダの「インサイト」など日本メーカーが得意とするハイブリッド車があげられます。ハイブリッド車は、ガソリンとモーターを動力源として組み合わせた低燃費車ですが、ガソリンを使うため、CO2(二酸化炭素)は排出しています。
リチウムイオン電池革命が、電気自動車時代をつくる
究極の無公害車は、走行時にCO2を一切排出しない電気自動車ということになります。ハイブリッド車は、電気自動車までのつなぎの役割を持った車です。このハイブリッド車時代がしばらく続くと考えられてきましたが、ここにきて、電気自動車時代が案外早くやってくるのではないかとの観測が強まっています。その最大の理由がリチウムイオン電池の急速な技術進歩です。リチウムイオン電池革命といえるほどの変化が起こっています。
自動車向け電池の開発が急務
リチウムイオン電池は、リチウム酸化物の正極と、カーボンなどの負極の間をリチウムイオンが行き来することで充放電を繰り返す蓄電池です。91年にソニーが初めて実用化に成功しました。電池の体積や重さに比べ、電池容量や出力が高く、現行のハイブリッド車に搭載されているニッケル水素電池に比べ、2倍以上の性能を持っています。これまでノートパソコンや携帯電話機などの小型の電子機器に使われてきましたが、最近で電気自動車向けの電池として開発が進んでいます。
理論値では一回の充電で300kmの走行が可能
リチウムイオン電池は、正極・負極・セパレーター(分離膜)・電解液の主要四部材で構成されており、その組み合わせ次第で、蓄電容量や出力、製品寿命などが違ってくるため、各社とも技術革新の腕の見せ所です。たとえば、蓄電性能の分野では、現行のリチウムイオン電池は、理論値の半分以下のレベルですが、これを理論値の80%まで引きあげることができれば、一度の充電で300km近く走れる電気自動車が出現します。
三菱自動車、今夏日本最初の電気自動車発売
三菱自動車は、他の自動車メーカーに先駆けて、今年夏頃、電気自動車、「i MiEV」(アイミーブ)を発売します。リチウムイオン電池搭載で、一度の充電で約160km走行できる高性能車です。来年には日産自動車、富士重工、さらにトヨタ、ホンダなども数年以内に電気自動車の販売を計画中です。
ビッグスリーも電気自動車、続々開発へ
今年1月中旬、デトロイトで開かれた北米自動車ショーでは、ビッグスリーがいっせいに数年以内に電気自動車を発売する計画を明らかにし、GMは、電気自動車の新コンセプト車を発表しました。ヨーロッパの独ダイムラーも電気自動車のコンセプト車を発表し、来年までに市場投入を目指す計画です。電気自動車については、これまで電池重量、充電時間、生産価格などが障害になっていましたが、これらの課題も少しずつ解消されつつあり、世界の自動車市場では数年以内に電気自動車をめぐる販売競争が一気に激化してくる見込みです。
日本では電池メーカーと自動車各社が連携を強化
リチウムイオン電池の開発でトップをいく日本では、電池メーカーと自動車メーカーが連携して高性能の電気自動車開発に力を入れています。たとえば、三洋電機・パナソニックグループはトヨタ,GSユアサはホンダ、三菱自動車、NECグループは日産自動車といった形で連携を強め、性能向上、工場の新設などに取り組んでいます。リチウムイオン電池は、もちろんハイブリッド車向けの電池にも使えます。オバマ米新大統領は、グリーン・ニューディール政策の一つとして、「プラグインハイブリッド車」を15年までに100万台普及させると述べています。そのためにはリチウムイオン電池の増産が必要になります。
災いを福に転ずるチャンス
リチウムイオン電池の性能改善が急速に進み、生産コストが量産によって大幅にダウンするようなら、ハイブリッド車時代から、一気に電気自動車時代へ向け時代が大きく動き出す可能性があります。今回不況を契機として、CO2排出ゼロの電気自動車時代がくれば、「災いを転じて福になす」絶好のチャンスといえるのではないでしょうか。
2009年2月9日記