地球環境と企業経営 後期 第2回

平成10年度10月1日 於:慶應大学湘南藤沢キャンパスΩ館
講師:アサヒビール 代表取締役会長 樋口廣太郎氏
テーマ:「前例がないからこそ挑む」


 竹中:樋口廣太郎会長は、1926年京都のお生まれです。京都大学経済学部をご卒業後住友銀行に入行され、住友銀行副頭取を経て1986年にアサヒビールの社長に就任されました。実はこの翌年、皆さんもよくご存知だと思いますが、日本初の辛口ビール「スーパードライ」を発表して大ヒットさせ、ビール業界の流れを変えました。

 樋口氏は今日本の財界で最も注目されていらっしゃいますが、その理由として二つあげられると思います。一つは、これは別の経団連トップの方が言っていらしたんですが、アサヒビールを再生、発展させた経営手腕というのは今や日本の財界の中でも伝説的に語り継がれている快挙であったということ。もう一つは小渕内閣の経済戦略会議の議長に就任されていらっしゃることです。これは私もメンバーに加わっていますが、今朝も樋口会長とは総理官邸で第4回経済戦略会議でご一緒しておりました。

 経団連の副会長をはじめとして多数の要職に就いておられ、多忙な財界の方々の中でも最も多忙を極めていらっしゃる方です。最近の著書だけでも「明日を読むヒント」等々多数ございます。樋口会長は非常にお話の面白い、上手な方です。今日は環境についてお話いただけるということで、たいへん楽しみにいたしてまいりました。よろしくお願いいたします。

 樋口:私は、この慶応大学「湘南藤沢キャンパス」には、建てられる時から非常に興味を持っていました。というのは、当大学総合政策学部の前学部長で、現在は千葉商科大学学長の加藤寛先生が建てられる前からたいへんご尽力されて、教授の招聘から(竹中さんもハーバードから来られた先生の一人ですが)、こういうことをやるんだ、ああいうことをやるんだということで、何度も説明にこられていました。なるほど、噂にたがわず環境はすばらしい。立派な校舎もある。それから、メディアセンターも見せてもらいましたが、回線がいくらあるかなどというばかな質問をしましたら、ここはアメリカからとってきている回線のもとだから、何回線あるかわからないということでした。ところがいま日本がやろうとしているのは、ようやく2003年に小学、中学、高校の、各学校に一回線だけずつやろうとしているわけです。ところが、こちらは回線がいくらあるかわからないというわけですから、そのようなありがたい環境に皆さんがおられることを感じました。

 こちらへまいりまして最初に私が質問をしましたのは、何故ここにモノレールをひかないのですかということでした。それから、地下鉄はどうなっているのかと。このへんの地下の所有権はどうなっていて、地下鉄の簡単なものを通せないのかと。最初は、ヘリコプターということも考えていたようですが、それはできるわけがないのです。というのも、日本の上空というのは非常に混み合っていて、自衛隊の航空機でも率直に言って硫黄島まで行かなければ練習できない、訓練ができないという状態でありますし、厚木基地がありますから、無理なわけです。

 私は八つの大学の客員教授をやっています。それから同時に、ハーバード大学、イタリアのボッコーニ大学でやっておりますが、これだけ目の輝いた学生がいるというのは本当に珍しいなと感じております。そのような意味でも今日は非常にやりがいがあるなと思っています。

 先程、竹中先生から過分なるご紹介をいただきました。竹中先生は、「この方はどれだけ発想が豊かなのでしょうか。ちょっと早口ですが、本当に素晴らしい人だ」と、日頃から感じておりますが、まさか今日こちらでお会いするとは思っていませんでした。ところが今日ここへ来て看板を見ましたら「竹中教授」と書いてある。しかし竹中という名前はたくさんありますから(竹中工務店というのもありますし)、と思っていましたら竹中先生が担当教授ということで、やや緊張しています。

 先刻、当社のビデオをご覧いただきました。京都で生まれ、京都で育ち、京都大学をでた私にとっては、京都の諺で、「ひとり自慢の誉め手なし」ということばがあります。これは「自分だけで自慢していて誰も誉め手がいない」という意味ですが、そうなってしまっては困りますので、先程のビデオを補足するという意味でいったいどういう考えのもとで、これを行ってきたかということを申し上げたいと思います。

 おそらく、皆さんはいろいろな社会のいろいろな分野に進まれることでしょう。私どもが卒業した頃のように、官吏になるか、会社に勤めるか、自営業をやるかというくらいの単純なものではなく、分野が非常に多岐にわたっていますから。しかし企業というもの、会社というものを考えた場合、いったい会社の中で世の中に、「お前さん生きていてよろしいよ」、「会社していてよろしいよ」と。河合隼雄(かわいはやお)先生(国際日本文化研究センター所長)という方がいらっしゃいます。私の友人なのですが、彼がいつもおっしゃっている言葉ですが、「あなたは存在してもいいですよ」というのはどういったことかと。「あなたの会社は存在していいですよ」というのはいったいどういったことかと。

 要するに、どうであれば存在してもいいかといいますと、まず堅苦しい話で恐縮ですが、「法律を守る」ということです。法がある以上、これを守るというのは当たり前の話で、よくいわれるのは、「悪法といえども法である」という言葉がありますが、悪い法律、それは直さなければいけないけれども、法律を守るということです。その法律の中には当然この環境問題も入ってくるわけです。

 それからもう一つは、「反社会的なことは絶対やらない」ということが一つのポイントです。それから非道徳的なことには手を染めないこと。反社会的、非道徳的、これさえしなければ「あなた方は世の中に存在してもいいですよ」といわれる最低限の事項です。

 その次に大事なことが、いわゆる「世の中にいいものをだす」、「いい商品をだす」ということ、「他にないようなサービスをする」ということです。

 職人と商人という文字をたして「職商人(しょくあきんど)」という言葉があります。この言葉をつくられたのが、京都造形芸術大学学長をされていた近藤悠三という方です。京都の陶芸研究所で研究してこられまして、染め付けの名士といわれた人ですが、その人がこの「職商人」という言葉をつくりました。その意味するところは、「職人が最低限してはいけないことは、近所にご迷惑をかけないようにすることが大切だ、例えば(彼は陶工ですから)パチパチ音をたてないとか、あるいは煙は必ず周囲に迷惑をかけないようにするとか、ということが基本だ、そして工夫に工夫を重ねていく、他所にないものをつくる、これが職人のあり方だ。

 しかし、だからといっていいものをつくったから売れるはずだ、と思うのはいけない。いいものを「こんな工夫をしてつくりましたよ」ということを商人に説明する。商人は商人で、「何かわかりませんが、今よく売れていますよ」というだけではだめ。「こういう工夫があるんですよ。これにはこういう面白いところがあるんですよ。こういう利用価値があるんですよ」というようなことをきちんと頭の中に入れて、職人プラス商人でなければいけない」ということです。

 世の中に対して責任がある中で一番大事なことは、最低限の問題として環境問題があります。環境というものは威張ってこれだけやっていますというようなものではなくて、当然やらなければならない最たるものなのです。

 弊社が、このような広報物(ビデオ)をつくったのは、皆さんに自慢しようということではありません。企業にとってやって当たり前の話をビデオでは言っています。この程度のことで自慢をしていましたら、笑い者になってしまいます。

 私は長い間銀行マンをやっていまして(この中に金融関係にお入りになる方もあるかと思いますが)、金融というのはモノの流れの反対に金が動きますから、これは面白いと思いました。その前に私は、皆さんにはピンとこないと思いますが、大学時代、学生運動にのめり込みました。その時一緒に活動していた人たちは、中国に渡ってほとんどが亡くなっています。当時私たちが一番考えていたのは何か世の中のためになることをしたいということでした。ところが突然考え直したのは、やはり最低限世の中のためになるには、間違えのないことをやらなければいけないということでした。

 そこで私はまず銀行に入りました。その時どう考えたかといいますと、銀行へ入った以上、私を信頼してくれてお取り引きをいただいた人、そして私を信頼していろいろなことを任せてくれた人に対しては、どんなことがあっても裏切ってはいけないということでした。具体的にはどういうことかといいますと、「どんなことがあっても決して不渡りを出さない」ということでした。私はその決心を銀行へ入ったときにいたしました。「金の切れ目が縁の切れ目」ではなく、何とか工夫をしてそのお取り引きをしていただいた個人、企業、あるいは団体に対してこのような決心をするということが一つのポイントでした。

 そして幸いなことに、非常に若くして支店長になり、また本店の審査担当の部長にもなりました。そして役員も長い間経験しましたが、偉そうなことを言うようですが、1件の不渡りも私は自分で出したことはございません。これは私の最高の幸せです。ビール会社に入りましてからも、1件の問屋さんの倒産というものも私の方はしませんでした。これは私の人生における一つの賭けというか、誇りに思っているわけです。

 その次に何か。問題は、私どもがまずアルコールというものを売っている商売だということです。このアルコールというものは、まず一つは過度の飲酒をやりますとアルコール依存症になります。一番困った問題は、アルコール依存症がどうしても精神的に弱い人に起こってくる現象だということです。アルコール依存症の治療機関から、「樋口さん、理事になってくれないか」と言われました。片方でビールを売りながら、片方で依存症の救済をするというのが、どうも私は納得ができないので、「一人最大限どんなことがあっても、ビールは5本以内にして下さい」という運動をやろうとしました。1日に5本以上飲んだら依存症になる、またはなる可能性がある体質の人がいるわけですから、そういう運動を一つやろうとしたわけです。それは、もちろん少しでも売りたいわけですが…。

 その次に、町のあちこちに散乱している清涼飲料について。私どもは清涼飲料も扱っております。(余談ですが、今日私は感心しています。今、私が客員教授をやらしていただいています八つの大学と比べてですが、ここでは飲み物をもって入って教室にこられる学生が一人もいないようです。)この空き缶・空きビンはまた廃棄物の問題をはらんでいます。世間に缶・ビンが散らばっている問題をどうしようかと。これはたいへん害毒を流します。そこで私はその回収について考えました。ところが、世の中はいいことだから通るとは限らないのです。

 私は都内に住んでおりますが、家内も二人の娘も空き缶回収を毎日毎日しておりました。とくに家の近くには明治学院大学があり、明治学院大学の学生が飲み残したままで置いてありまして、それを拾いますと(全部飲んでくれた場合はいいのですが、だいたいは残りが入っています)、重くてなかなかうまくいかない。中身を捨てなければならない。いちいちたいへんなことでしたが、実はこれはいいことをやっているんだと思って続けていました。ところが問題は、これによって生活をしている人がたくさんいるということが分かったのです。その人たちの生活を奪っているということになります。

 たとえば今250ほどある老人団体の人たちが、または生活弱者が、空き缶を集めて持っていきますと、東京都はこれを30円で買い取ります。これは生活補助の意味もあります。私は空き缶をとって袋に入れるたびに、その人たちから30円を奪っているということになるわけです。これはまずいな、ということもあります。また日本には一種独特な団体があって、「そういうものに業界が手を付けることを許さない、それはわれわれの仕事である、そういう人(弱者)の仕事をさえぎってはいけない」ということがあります。

 同時に、ビールビンがごろごろ転がっているのはおかしいということが言えます。ビールビンは約98%が回収されています。これはお客様のお陰で持ってきていただいていますが非常にうまくいっています。そういう面では、リターナブルということがうまくいっていたのですが、実はこれは正直な話をいたしますと、ビンの原料はオーストラリアのバース近郊からかなり買ってきている。それを日本まで輸送してきまして新しいビンをつくるよりも、皆さんがお飲みになったビンを回収し洗浄するコストの方がはるかに高い。ですからリサイクルというのは、まずコストがかかるということを考えなければならない。費用対効果という点からいきますと、これはもう大きな問題です。

 そこで言えることは、自然に任せてはいけないということです。簡単に言いますと、号令をかけたり、広告をだしたり、チラシを出しただけではだめなのです。一つの区、一つの町、といった地域ごとで、こうした運動を少しずつ広げていくよりしようがないことで、きわめて地味な活動なのです。

 皆さんにこの話を申し上げる前に、どういう考え方がいいかといいますと、私の親友で建築家の安藤忠雄さんという方がいらっしゃいます。安藤さんは工業高校の機械科出身で、独学で建築を勉強され、またプロボクサーの資格を持つユニークな建築家ですが、建築家としてだんだん立派な作品をつくるとともに、ついに東大の大学院の教授に迎えられました。東大の教授になられたから偉いというのではなくて、彼の講義がまた非常に好評だということで偉いわけです。

 その彼が最初の頃につくられた「長屋」とか、あるいは彼が設計した堺屋太一氏(現経済企画庁長官)の大阪のご自宅を拝見して一番驚いたのは、入っていって玄関を開けた途端にお手洗いがあった。それで「これはおかしいのではないですか」と言いましたら、「人間の一番汚いところを処理するのはここじゃないですか。それを処理するところが真ん中にあってどこが悪いのですか」というのが彼の当時の言い分でした。さすがに最近はだんだん変えてきているようですが、問題は皆さんのここの部屋でも家庭でも、やはりお手洗いというのはそういう一つのポイントなんですね。

 実際、家庭のレベルではできていることが、それを何故社会の中ではできない、あるいは企業の中でできないのかということになるわけです。そこで私どもも、少しずつやればいいと思っていたのです。しかし、根本的にその考えを変えたのは、現在、慶応大学経済学部出身の瀬戸雄三が社長をしていますが、彼らと話した時です。「これは根本的に考え方を変えようではないか。工場を建設する際にどのくらいの量のビールをつくるかを考えるのではなく、まず最後に出てくる廃棄物をきれいに処理できるかどうかの明確になった段階で初めて生産工程をつくっていく、という考え方をすべきではないか。だから最後に出てくる産業廃棄物をどうするかということを議論していたのではだめだ。逆に産業廃棄物は全部ゼロにしよう。そうしてゼロにするためには、どういう生産過程をとったらいいかということを考えよう」という運動を始めたのです。

 これだけのものをつくりたい、だからその産業廃棄物が出る、その産業廃棄物をどう処理するかと考えるとたいへんな失敗になります。「少なくする」という運動はだめなのです。「ゼロにする」というところから始まらないといけない。覚悟がいるのです。初めはなかなか簡単にはいきませんでした。第一の問題はそれを何度説明しても業者の方に理解していただけないということでした。「産業廃棄物が出たらわれわれに相談して下さいよ、私たちがやりますよ、それが私たちの仕事です」と言われる。「その代わり、利益はいただきますよ、捨てる場所を探すのもたいへんなんです、処理もたいへんなんです、それから地元の人のためにいろいろな設備をつくらなければいけないのだから」と言われてしまう。

 それで私たちは発想を変えまして、たまたま捨てるものは一つもないという農家の方の話を聞きましたものですから、そちらへ調査のために人間を派遣しました。驚いたのは、その農家の方の家に行きましたら箱がずらっと並んでいるのです。すべて分別処理をしている。分別処理をしていますから捨てるものがないのです。「ははあ、これだな」と思いました。この分別処理を最もたくさんやっている国はどこかというとフランスです。当社は多い事業所では、20〜30近い分別管理をやっています。手間はかかります。しかし手間はかかりますが、分別管理ができれば廃棄物は出ないのです。

 ということで、発想を変えていくということしか方法はないのではないか。またその場合に、手間がかかるということはお金がかかるということですから会社の収益にも影響します。しかし、会社は損を出したから株主に配当も出ないし、株価も上がらないし、従業員の給料も上げるわけにはいかない、というのでは困ります。収益の計算をする時に、どうしてもある程度の適正な収益はいるわけですから、その収益分を含んだもので、同時に産業廃棄物が出ないようにしなければだめだということを考えたのです。

 さて工場の方はそれでいいんですが、実は当社は昔から広島に広大な山林を持っております。私も見にいきましたが、とても1日や2日で見られるものではなく、ヘリコプターを飛ばしてもなかなか見きれないほどです。そこへ行ってみて驚いたのは、全部をスギ林に変えようとしていたことです。なぜかというとスギは非常に高価で売れたからです。今はそれほど高い値段では売れません。しかもスギ花粉の問題もあります。けれど当時は高い値段で売れたので、みんながスギを切り出してたわけです。私は「待てよ。これで環境にいいのだろうか」と思い、聞いてみると、伐採している本人が(事業所長が)、「本来はこれはだめなんですよ」という答えでした。

 ではどうすればいいのかというと、やはり自然林のようにブナや雑草が出ているところを山のどこかに残さないとうまくいかないのです。採算だけを考えて同じ種類のものばかりを植林していてはうまくいかないということです。いろいろな鳥や虫が生息していて、植物も気候に合った多種多様なものが植生していなければうまくいかないものなのです。どこまでいってもスギばかりというような状態にしては、たいへんなことになる。花粉症も起ってくるというわけです。それでは何とかしなければということで、積極的に自然林を残すようにしました。

 この寄付講座で経済人の中で最初に講義をされたのが、安田火災海上保険の後藤康男会長ですが、この方は経団連の自然保護基金の委員長をされていましたが、現在は私がその後を引き継いでいます。

 問題はこの自然保護の考え方を世界に広げなければいけないということです。世界中で、日本が今一番迷惑をかけているところはどこだと考えますと、タイ沿海のエビ漁です。そのタイで捕れたエビの8割は日本に輸入されます。もちろん尻尾が切れていたりヒゲがとれているようなエビは日本では売れませんから、状態のいいエビばかりです。このエビはマングローブ林の下で捕れます。

 ところがマングローブの下で捕るというのは、手数もかかる上にコストもかかる。ではどうしたかというと、日本から行った人間がそのマングローブの木を全部切ってしまったのです。そうしましたら、当然エビは簡単にいくらでも捕れた。しかしそれからたいへんなことにエビがそこから全然いなくなってしまった。住むところ(マングローブ林)がなくなってしまったからです。ですから経団連は今年、企業のお金を集め、マングローブ林をつくりに行くわけです。切ったのも日本人なら、それをつくるのも日本人。こういう問題がでてくるわけです。

 われわれは世界中から、これだけ豊かな生活をするためには、やはり「資源」というものを持ってきます。日本人の考え方の中ではモノというのは「資産」であって、「資源」という感覚が乏しいのではないでしょうか。土地の問題でよく言われていますが、土地というのはその個人が持っている、会社が持っている、大学が持っている「資産」であることは間違いないことです。しかし同時に、これをいかに利用するかということで「資源」になるのです。この点を皆さんの頭に入れていただきたいと思います。「資源」というものは、つねに活かす方向に変えていかなければいけない。

 産業廃棄物の問題も、私は、今までやったことの埋合わせをしているというのではなく、さらに生き生きとしたものをつくり直すということだというように考えるべきだと思います。この頃よく「グローバリゼーション」という言葉が使われます。世界中の基準に到達するということがあたかも目標のように言われるのですが、この基準はどんどん変わっていくものです。世の中は常に進歩していますから、グローバリゼーションの基準中に追いついた途端にまた世界が進んでしまうということで結局それではいつまでたっても追いつかず、常にその下しかないということになってしまうわけです。

 ですから評論家の竹村健一氏が最近フィナンシャル・タイムズなどを取り上げて言っているのは、「グローバリゼーションではだめだ」ということです。常にその先をどうするかということを考えなければだめだと思うのですが、とくにこの自然保護とか産業廃棄物のところについては、そういう問題が大きな問題だと私は思います。そういうことをまず冒頭に申し上げておきたいと思います。

 それでは地球温暖化の問題についてはどうでしょうか。日本は1億2,000万人もの人口があって、何も資源がないといいますが、実は資源はあるのです。たとえば石炭がないといいますが、ただ採算にあう石炭がないということです。たとえば宇部という町の地下をずっと掘っていきますと、実は全部石炭なのです。その石炭を掘っていって、これを産業に、たとえば鉄をつくるために使うとしたら、全く効率が悪く燃費としては見合わない。それよりは中国のカイラン炭を買った方がいい。資源がないというのはそういう意味です。またよく鉄鉱石もないと言われますが、そんなことはないのです。ただ採算のとれるもの、経済的に価値のあるものがないということですから、それを頭の中に入れなければならない。資源のない国では、やはり他国から原材料をとってきてやるわけです。

 皆さんはご存じないかもしれませんが、もう一つ、それでは環境一点張りでいいのかというとそうではありません。ここで具体的な話を一つしたいと思います。

 「共生」というのは、あらゆる動物と一緒に住んでいかなければならないということを考えた場合に、やはり人間の知恵というのはどんどん進んでいく。私は犬も好きですし、動物が好きです。動物というのはある程度は覚えますけれども、そう発展した段階にはこない。ようするに、画期的な「これはすごいことを覚えたな」ということはめったにない。しかし人間というのはいくらでも変えていく可能性を(あまり慢ってはいけませんけれども)秘めているのではないかという、未来に対する期待を持っています。

 その面で申し上げると、今までの日本の環境問題に対する取り組みというのは、「分かっているけれどもコストがかかる」というのが一つの考え方でした。ですからなるべくやりたくない、コストをかけたくない。しかし今の時代は環境にコストをかけていくことができない会社は、おそらく皆さんにとっては魅力がない、入社されない、そこの品物は買わない、という時代がきているのです。

 もう一つ環境と同じように文化の問題があります。当社もそうですが、企業においては高価な絵画を所有しているところが多い。なぜこんな高価な絵画が必要なのでしょうか。そんな絵は売ってしまったらどうかと思われる方もいらっしゃるでしょう。ピカソの作品で1901年の「青」というのは、世界に2点しかない絵です。これはおそらく100億を超えるでしょう。しかし、そういう絵画が社内に架けてあったり、いい音楽が流れていることによって、社員のいいものに対する憧れが必ず出てきます。すなわち「いいものを一つつくろう、悪いものは排除しよう」という一つの環境が社内に生まれる。

 そしてそこに働いている人たちは、まず自分の会社に誇りを持つようになります。「自分はこんなにいい会社に勤めているんだ」と。さらにその家族は「お父さんの会社はいいことをやっている」と。子供たちは「家のお父さん(あるいはお母さん)の働いているところはいいことをやっているんだ」と。家族にとっての大きな励みにもつながっていくものです。

 「文化」というのは極端に言えば、それがなくても死なないものです。環境の問題についても同じことが言えると思います。例えば、かつてブラジルは環境問題に非常に厳しい国でしたが、今アマゾンなどに行くともう放ったらかしになっています。すえたような異臭のする川が、あの大アマゾンでも流れているのです。現地では「そこまで手が回らない、そんなことやっていたら生きていけない」と言って、環境問題よりもまず生きていくことが優先されています。現地の方には「どうかマナウスにある日本の工場を見にいって下さい。日本の工場の環境対策を参考にして下さい」と言っていますが、日本の企業というのは、割合にしっかりとやっているということをここでも申し上げておきたいと思います。

 さて先刻、竹中先生からもお話いただきましたが、「スーパードライ」というのが本当に私も考えられないぐらい成功しました。この「スーパードライ」誕生について申し上げたいと思います。

 その背景として、時代がグルメ嗜好になってきたということが言えると思います。皆さんはエンゲルの法則というのはご存じでしょう。人間は所得が増えてきますと、最初の段階で出費が増えるのは何かというと食べ物なのです。そしてもっと所得が増えてきた時には、他の方に、すなわち衣料とかおしゃれ、家を建てる等に出費するようになるものです。食べる物にいくということは何かというと、グルメ嗜好になるということです。グルメとはどういうことか。簡単に言うと、脂っこいもの、肉食的なもの、しつこいものを指すわけです。それが一つのパターンです。

 もう一つは、「勘」というものを皆が養わなければならない時代がきたということを申し上げたい。環境問題にしても事業するにしても、「勘」が大事だということを、私は皆さんに言いたい。おそらく皆さんがこの慶応義塾大学湘南藤沢キャンパスを選ばれたのも、ある程度「勘」というものがあったと思うのですが、いかがでししょう。

 私自身がアサヒビールに社長としてきた時には、ひどい業績の会社でした。どのビール会社もだいたい同じような状態でしたが、唯一キリンビールが強かったのです。確かに営業力も強かった。その時にふと、銀行時代にアメリカのコカ・コーラ本社にたびたび伺っていたときのことを思い出しました。初めはとても親切で、会長や社長に会ったりしていたのが、そのうちにだんだん愛想が悪くなってきた。これはひょっとしたら、私の英語が大したことないから不愉快になったんじゃないか、あるいは私が不作法なことをしたんじゃないかと思って、先方の秘書に聞いたら、いやとんでもないと。

 アメリカでの話ですが当時コカ・コーラはペプシコーラに追い上げられていました。そのために、味を変えますという宣伝をずっとしていました。そしていよいよ実行しました。ところが味を変えた途端に、従来のコカ・コーラファンに受け入れず、売上高が月を追うごとに落ちてきた。味を変えるということは、清涼飲料やアルコール類にとってはタブーであります。それをやろうとしたところが失敗だったのです。ですから新しいビールを出そうということを考えた時に、「これはいけないのかな」とまず思いました。

 しかし前述したように収入が増えるにしたがって、どうしてもグルメになってきている。本来、脂っこいもの、しついものに一番いいものは何かといったら水です。ところが日本は比較的水がいいわけです、商売としては非常に難しい。また、水を売っていたのでは私どもの商売は成り立たない(ある程度は売れますが、また売ってもいますが成り立たない)。そこで、水に代わるものとして、しつこい食べ物には軽いビール、重い食べ物には重くて苦いビールではなくて、軽いビールがいいのではないかと考えたわけです。

 たまたまドイツのビールの本を読んでいる時に、ふとアルファ酸というのが、この15年間に7%減っているという記事を見ました。私はビールについては素人ですから、会社へ戻って技術担当の役員にアルファ酸て何だと聞いたところ、重みと苦みの素だということでした。これが世界中で減っているのでした。つまり世界のビールの味は苦味の少ないすっきりした味へと変化していたのでした。これはやはり食べ物が変わってきたのかな、と思いました。

 そこで「勘」を重視して、若い人の提案で(副社長、専務、常務らの役員は皆反対でした)、思い切って新しいことにチャレンジしてみようということになり、この「スーパードライ」が生まれました。何のことはない、ようするに食べ物に合わせたのです。その時注意したのは、絶対に競争会社のことを悪く言ってはいけないということです。「今までのラガービールというのは、お豆腐とかの日本料理のあっさりした味に合います。でも肉食にはこちらの方が合いますよ」という宣伝するのがいい。また、ターゲットを若い人と女性に絞り込んだのでした。

 「スーパードライ」という名称についてですが、“スーパー”という言葉は、商品名としては当時まだそれほど使われていませんでした。一方で、奥さま方が「奥さまどこか行かれるんですか」、「ちょっとそこのスーパー(マーケット)まで」というのを、私はたまたま小耳にはさみ、“スーパー”という文字は以外と定着しているなと思いました。さらに私どもの子会社のニッカウヰスキーが、「スーパーニッカ」という商品を出していましたので、ついでにニッカウヰスキーの社長に来てもらって、「君のところのスーパーというのをもらうよ」といって、“スーパー”になったのです。

 では“ドライ”というのはどうやってつけたか。私の発想はいつも、まず食物屋に行ったらそこで一番売れているのはなんだ、若い人が一番注文しているのは何だということを調べること。また人からご馳走になる時、ここで高いものは何だということを聞く癖があります。それを注文するわけではなく、参考までに聞くのです。そうしてわかったことは、世界中で一番出ているアルコールは、ビールといいたいのですが、本当は違う。これはワインです。ワインの中で、とくに使われている言葉は何かというと、スウィート(甘口)とドライ(辛口)です。これが“ドライ”の原点です。

 ネーミングというものは、とても大事です。たとえば慶応の“辻堂校舎”といっても誰も来ないかもしれない。“湘南校舎”なら来る。全く印象が違う。“湘南”という言葉のいわれはご存知かと思いますのであえて言いませんが、“辻堂”というと何かお堂の中に入っていくような感じがしてしまう。やはりネーミングが大事だということをまず申し上げておきたいと思います。

 そしてターゲットは、何でもかんでも全ての世代に受け入れられるということはできません。ですからわれわれの年代の人間は対象から捨てたわけです。正直言って、捨てなければだめです。そして同時に、店頭で売れ残っている古いビールを捨てることにしました。

 当時、アサヒビールは売れないで小売店の店頭に残ったりしていました。東京都内でもアサヒビールを扱っていただいている店は47%しかありませんでした。それで、12年前の話ですが、アサヒビールに  としてきたばかりの時にあえて競争相手のキリンビールさんの会長・社長、サッポロビールさんの会長・社長に伺いにいきました。「どうしてキリンビールさんはうまくいっていて、うちはうまくいかないのでしょう」と。そうしたら、キリンビールの当時の会長の小西さんという人から、「あなたのところは、もうちょっといい原料を多方面から取り寄せて使った方がいいのではないかと思います。そういうものの情報がとれていないのではないですか」というご指摘がありました。続いてサッポロビールさんへ行ったら、「あなたのところは、小売店によく古いビールを置いていますが、それはいけません。ビールで大切なのは新鮮さ、フレッシュローテーションですよ」と言われたので、私は会社へ帰って真偽を確かめたところやはりそうでした。

 こうしたご意見をいただきその改善のために動き出しました。まず日本には世界にも例を見ない商社という情報の宝庫があるので、そういう組織を利用して世界中の良質な麦やホップに関するデータを集め、それぞれ最高級なものに切り替えていきました。次は古いビールの処理についてですが、皆からはどこかに持っていって安売りしたらいいという話がでました。私は「それではだめだ。発想の転換というのはそんなものではだめだから、古いビールは全部買い取ってきて、そして捨てよう」と言いました。だから成功したのです。しかも、新しいビールに全部変えたということになると、一番元気が出たのは社員です。そして小売店や問屋も変わってきた。

 環境問題にしても今までは、悪いものを減らしていくという考えではだめで、やはり初めから悪いものはゼロにする、出さない。徹底するということが私は全ての原点になってくるのではないかと思います。

 竹中先生と私は現在一緒に経済戦略会議のメンバーをしております。私はこんな面白い仕事は、生まれて初めてです。皆「たいへんだたいへんだ」と言っていますけれども、たいへんではない。面白いですね、今までやったことがないことをやるんですから。逆境こそ本当にチャンスだと思います。たとえば慶応の湘南藤沢キャンパスのところに、コンビニエンスストアが2件できた。これは、前述の加藤寛先生から耳が痛いほど聞かされたのは、「皆の創意工夫である」ということ。調べてみたら、住民(ここでは学生・教職員)何人かの希望があればコンビニエンスストアをつくるための許可が下りることがわかったそうです。

 ですからいつまでもこのJR辻堂駅からとか、小田急湘南台駅からの不便を絶えることはない。やはり大学で考えてもらうということが、大事な時代がきたのではないかということを私は思います。環境というのは自分で変えていかないといけません。他人は待っていても絶対変えてはくれません。自分から発想しなければやはりだめです。「環境は変えるものである」というのが、私の一つの持論でもあります。



【質疑応答】

Q:たいへん面白い話をありがとうございました。私はすごくビールが好きで、だいたい1日小ビン1本ぐらい毎日飲んでいます。

 御社の「スタイニー」が発売されて試しに飲んでみたら、缶の「スーパードライ」よりすごくおいしくて、「スタイニー」を1ケース買いました。そして毎日飲んでいるうちに、気づいたのですが、キャップ部分を被っているラベルをはがしてキャップを開けると、以外にゴミが出ます。また、いくら簡単だといっても、家だと栓抜きを取りにいったほうが早いのです。

 そこで、今度はキリンビールの小ビンに変えたんです。たしかに「スーパードライ」の方が、毎日の自分にあっていておいしいんですが、どうしても環境のサークルで活動していたりすると、プラスチックのラベルであったりすると多少抵抗があります。キリンの小ビンは紙のラベルが2枚ついているだけだし、王冠は1個でるだけだし。それに対して「スタイニー」は、周りのラベルをはがすのが面倒臭くてうまくはがれません。キャップをとってもゴミになってしまいます。そのゴミを燃えるゴミで捨てたらいいのか、不燃物で捨てるべきなのか。この先、キリンの小ビンを飲むべきか、「スーパードライ」を飲むべきか考えてしまいます。そこで提案ですが、バドワイザーに使われているツイストキャップを、「スーパードライ」」にも取り入れてもらえれば、私としてはまた「スーパードライ」派に戻れるのですが。

樋口:たいへん貴重なご意見を、ありがとうございました。おそらく、ツイストキャップには何かの規制があると思うのですが。

Q:たいへん面白い話ありがとうございました。樋口さんはアサヒビールの会長だけではなく経済戦略会議の議長ということで、大役をお務めになっていますが、その経済戦略会議で、日本経済がこういう状態にある中で、環境問題を議論されているかということをお伺いしたい。もう一つは、環境問題というのは、先程おっしゃったように、たとえばオーストラリアでビンの原料をとってくる方が、リターナブルにするより安いというような議論がございましたが、そういうところから考えると、経済成長と環境への取り組みというのは、結構相容れないのではと思うのですが。

樋口:これは竹中先生の専門ですから、いいところをついた質問ですね。オーストラリアのビン原料のように安いほうばかりを選択していたら、この地上はゴミだらけになってしまいます。ですからこうした環境への配慮、取り組みとして発生する支出については一つのコストとして考えていく。私は、これは冒頭で申し上げたように、やはり生きていくため、存在を許されるためのコストだと思うのです。

 最後に皆さんに申し上げます。

 一つは、挨拶は是非吐く息でしていただきたい。吐く息で「おはようございます」というのと、ただ「おはようございます」というのでは、まるで違います。吸う息で話すというのは難しいけれども、吐く息で話をすると元気が出てきます。自然と相手にも元気が伝わってきます。これは非常に大事なことです。二つめは、済んだことはくよくよしてもしかたないので、未来は神様か仏様に任せること。またこの世の中を生き生きと生きようと思ったら、つまらない言いがかりは無視することを心がけて下さい。

 また学生時代を振り返ってみて、その頃成績がよかった人たちが現在も元気で頑張っている人たちかといいますと、必ずしもそうではないようです。やはり声が大きくて、ニコニコして、元気、この三つがあれば大抵のことはうまくいくのではないでしょうか。それに付け加えるならば、ちょっぴり知性があったらなおいいと思います。ただ知性がたくさんありすぎると、うるさいし人に嫌われますから。社会で仕事をしていく上で、やはり友達が多いということがなによりも一番大事なことです。

 特に私はニュービジネス協議会の会長を務めておりましたが、「ニュービジネス」をやって成功する人は、共通点が二つあります。一つは、大学卒業までいた人は割合少ないということです。「大学ってこんなとこか、免状はいらない」という感じの人が、比較的成功しています。これは決して大学を辞めろといっているのではありません。その人たちにしても、本当は卒業した方がいいのだけれど、できなかったかもしれません。もう一つは友達が多い人です。今日、講義を行った印象では、このSFCの環境はハーバードよりもいいのではないでしょうか。ですから皆さんもこうしたすばらしい環境の中でで、たくさんの友達をつくっていただきたい。大いに頑張っていただきたいと思います。どうもありがとうございました。

竹中:どうもありがとうございます。おそらく今日、皆さんは非常に感激していると思うのですが、私自身は特に前半で話された「不渡りを出さない人生」ということが、非常に強く印象に残っています。おそらく皆さんも樋口会長の言葉を噛み締めたのではないかと思います。まさに日本経済が不渡りを出すのではないかというその状況で、たぶんそういう思いで、小淵総理は樋口会長に経済戦略会議の議長を託されたのだと思います。

 最後に皆さんから激励と感謝の意味をこめて、是非大きな拍手を贈っていただきたいと思います。ありがとうございました。




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