
帝国ホテル(千代田区内幸町1−1−1、日比谷公園前)

渋沢栄一胸像 コルクアート肖像画
🔽鹿鳴館の隣に設立
明治政府は欧米諸国との不平等条約改正に向けて、欧風文化を積極的に取り入れ、「日本の近代化」をアピールするため、国際的社交機関として、1883年(明治16年)11月に東京・日比谷に鹿鳴館をオープンしました。当時の時代の空気を背に、外務卿の井上馨が渋沢に「帝都、東京に海外からの賓客を受け入れられるホテルが欲しい」と相談。これを受けて、渋沢は自らを含めた財界の有力者が発起人となり、1890年(明治23年)、鹿鳴館の隣に、帝国ホテルを建設、開業しました。
🔽19年間、会長として経営の陣頭指揮を執る
渋沢と井上馨は大蔵省時代、机を並べて論じ合った仲間だった。渋沢自身も、外国からの要人を受け入れるホテルの必要性を感じていた。オープンセレモニー(開所式)に出席した当時の東京府知事が「ホテルはその国の民意と文明度を示す」と指摘したことを受けて、渋沢は「現在は金不足だが、近い将来、かならず、恥ずかしくないホテルにすることを約束する」と並々ならぬ決意で応じている。渋沢は、初代会長に就任し、19年間、経営の陣頭指揮を執り、帝国ホテルの発展に貢献した。ホテルの一角に渋沢栄一の胸像もある。
2025年8月24日記