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渋沢栄一歴史散歩 ➆ 養育院(現・東京都健康長寿医療センター)

渋沢板橋養育院

養育院 1872年(明治5年)設立(生活困窮者、病人、孤児、老人、障碍者などの保護施設)、現・東京都健康長寿医療センター(板橋区栄町)

明治維新後、新首都、東京は幕府瓦解の影響で窮民が急増、その収容保護施設として、当時の東京府知事、大久保一翁が明治5年に設立した。大久保は幕末幕府の重要ポストを歴任、勝海舟を見出し幕臣に登用した人物です。養育院の原資は、寛政の改革を主導した松平定信が提唱した「七分積金=しちぶつみきん)が当てられました。「七分積金」は、江戸の町内運営費です。その節約で捻出された資金の7割を将来の地震や飢饉などの非常時に備えて積み立ててきた非常時用の資金。寛政の改革から90年近く経過した明治維新の頃、現金、コメ、土地など合わせた「「七分積金」の総額は、143万両(1両約5万円で換算すると、約715憶円)に達していました。幕府の重臣だった故に大久保は「七分積金」の存在を知っていたのでしょう。

大久保は、渋沢栄一が徳川慶喜へパリ派遣団帰国報告をした際、立ち合い、その能力を高く評価しました。明治5年、東京府知事に就任した大久保は養育院を設立、明治12年(1879円)、渋沢を初代養育院院長に推挙しました。以来、91歳で亡くなるまで約50年間院長を続け、本院の他に分院、病院などの専門施設を開設するなど、養育院の発展に多大の貢献をしてきました。(2025年6月14日記)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作成者: tadahiro mitsuhashi

三橋規宏 経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から名誉教授、専門は経済学、環境経済学、環境経営学。主な著書に「新・日本経済入門」(編著、日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)など多数。中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など歴任。

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