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 SOS地球号(283) 処理水放出、なお慎重姿勢が必要

政府は8月にも放出決断

 国際原子力機関(IAEA)は4日、東京電力福島第一原子力発電所の処理水を海洋放出する日本の計画について、「国際的な安全基準に合致」し、「人や環境への影響はごくわずか」とする報告書を公表した。政府は報告書の内容を踏まえて地元や周辺国に安全性を説明し、8月にも放出するための準備に入った。

 岸田文雄首相は、同日首相官邸で訪日したグロッシIAEA事務局長と面会し、安全性の評価を記す包括的報告書を受け取った。IAEAから安全性の担保を得たことから首相は「科学的根拠を持つ同報告書の内容を国内外に丁寧に説明していきたいと述べた。

 この結果、処理水の放出は時間の問題になってきたように見えるが、報告書は「そこのけそこのけお馬が通る」の錦の御旗ではない。国内外からは放射性物質に対する健康被害への警戒感は根強く、国内漁業関係者からは風評被害への懸念も高まっている。全米海洋研究所協会は「日本の安全宣言を裏付ける十分かつ正確な科学的データは存在しない」とIAEAとは異なる見解を示している。

 何よりも重い事柄は政府、東電が2015年8月、地元の福島県漁連に対し、「処理水は関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と文書で約束していることだ。地元漁業者の間には代々漁業を営み、漁業が生活を支え独特の漁業文化を創り上げてきた地域も少なくない。風評被害に対して保証金を出すといっても、「お金より、原発事故以前の生活を取り戻したい」との気持ちの方がはるかに勝っている。

 特に福島漁連は原発事故発生後、約9年間試験操業をしながら福島の魚の安全性を確認してきた。東京や大阪などの消費者の理解も広がり、ようやく本格操業の再開が視野に入ってきた段階にある。

安全性が科学的に証明されたからといって、「はいそうですか」といって海洋放出を簡単に受け入れることはできないだろう。

これまで、放出に反対の福島漁連などの関係者は、放出を前提とした議論をあえてしてこなかった。放出を前提にした議論をすれば、「条件付き賛成」と受け止められないからである。

 だが、事ここに至っては放出に反対の福島漁連など関係者は放出に伴い中長期を含めた様々なリスクを具体的に列記し政府、東電側に示し回答を得るステップが欠かせない。そのためには時間が必要だ。このステップなしに、今夏一方的に放出に踏み切れば、「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」とする福島漁連と約束を破る事になり将来に禍根を残す事になる。

 そもそも、海洋放出の直接のきっかけは、処理水を保管するタンクが福島第一原発の敷地内に広がり、廃炉作業に必要な施設などが造れないなどの制約が出てきたためだ。この点については、大型のタンクに切り換える、敷地に隣接している場所に保管場所を広げるなどの様々な対策が可能だ。今夏にこだわる理由はない。

 次に、汚染水から大半の放射性物質を除去する多核種除去設備(ALPS)は技術革新の余地が大きい開発途上の技術だ。時間の経過とともに性能の良いALPSが次々と開発されてくるだろう。廃炉には30〜40年の長い年月がかかる。この間、ALPSの除去能力を限界まで高める努力を続け、新設備に定期的に切り換える努力も欠かせない。この点もしっかり政府、東電に伝えなければならない。

さらに、福島沖から放出された処理水が太平洋などにどのようなルートで、どの位くらいの時間をかけて分散していくのかも海流研究者などの協力を得て把握しなければならない。

微量とは言え、海洋に放出された放射製物質が長い時間をかけ、海の食物連鎖を通して特定の植物や動物に吸収され濃度を高め、遺伝子障害など新たな問題を引き起こす可能性も無視できない。

IAEAの報告書で「人や環境への影響はごくわずか」はあくまで短期的分析結果である。

これから半世紀近く放出を続ける過程で、新たな問題が発生してくる可能は決して低くはない。科学的に研究しなければならない事が山積していることを忘れるべきではない。

(2023年7月6日記)

作成者: tadahiro mitsuhashi

三橋規宏 経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から名誉教授、専門は経済学、環境経済学、環境経営学。主な著書に「新・日本経済入門」(編著、日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)など多数。中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など歴任。

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