経産省の深慮遠謀策に警戒
原子力規制委員会は先週13日、臨時委員会を開き運転開始から60年を超える原子力発電の安全規制に関する新たな制度案と原子炉等規制法改正の条文案を多数決で承認した。委員は5名で、石渡明委員が一人反対した。
原子炉等規制法改正案では、原発60年以上運転延長に関する案件については、現行の環境省所管の原子炉等規制法から削除し、新たに経産省所管の電気事業法で対処するという内容。石渡委員が反対したのは、この点についてで、「これは規制委が守るべき法律だ。われわれとして積極的に変えにいく必要はない」と主張した。
石渡委員は60年以上運転可能とする新制度では安全規制をどのような方法で審査、検証するかの内容が具体的に示されていないこと、さらに延長期間についても事業側の不備で審査に時間がかかっても、その分原発を使う期間が延びる点にも疑問を呈している。60年超の原発の安全審査は従来通り、現行の原子炉等規制法で扱う方が安全性確保に優れている、という立場だ。
この日の委員会では他の委員からも、「外から定められた締め切りを守らねばならないとせかされて議論してきた」などと不満の声が聞かれた。
これに対し山中伸介委員長は「法案提出のデッドラインがあり、やむを得なかった」と議論のための時間不足を説明したが、とても納得できる答えとはいえない。原発の安全をめぐる議論は、専門家集団の規制委が様々な疑問を提示し納得のいくまで議論を尽くし、その上で「イエス」、「ノー」を決めるべきだ。そのための時間が足りないのなら、デッドラインの延期をこそ求める勇気と見識が必要だった。
山中委員長は15日の定例会合で、60年超の運転に向けた新たな規制制度の詳細を決めるための検討チームの設置を提案した。制度改正に反対した石渡委員一人が反対したが、他の4人が賛成し、設置が決まった。
山中委員長は「運転期間は安全規制ではないというのが大前提。規制委は運転期間について意見を言わない」と反論した。この発言も驚きだ。老朽原発の運転期間は原発の安全対策上重要な課題にもかかわらず、それについて意見を言わないとなると規制委の存在理由が問われかねない。規制委の骨抜き、形骸化が始まったと見るべきだろう。
なぜこのような事態が起こったかといえば、原発復帰を確実にしたい経済産業省の深慮遠謀策が働いているとみるべきだろう。
原子力規制委員会は2011年3月に発生した東京電力福島第一原発事故後の翌年、12年6月に発足した。事件当時、原発行政は原発を推進する資源エネルギー庁と安全規制を担当する原子力安全・保安院が同じ経済産業省内にあった。同じ官僚が省内の異動によって、推進と規制を往復する人事交流が普通に見られた。推進派が中心の経産省では、保安院は「安全規制も大丈夫」というアリバイの役割が大きかった。事故後この反省から、原子力規制の一元化のため、原子力安全・保安院を廃止し、新しく環境省の外局として原子力規制委員会を設置し、同委員会の事務局として原子力規制庁を置くことが決まった。原子力規制委は政府、政党、関連業界などから独立し、原子力発電の安全に注力することが法律で決められている。
原発推進派の経産省にとって、規制委は「目の上のたんこぶ」のような存在だった。
福島原発事故発生以前のように「推進と規制」を同省が掌握する体制に戻すことで原発推進を容易にしたいとの思惑が透けて見える。
昨年8月末の岸田首相の原発復帰宣言を受けて、経産省は復帰のための具体的なスケジュールを年末までに作成させるシナリオを首相に提言し、規制委に「じっくり問題点を議論する時間」を与えなかった。
規制委の事務局、原子力規制庁幹部の大部分は経産省出身者だ。規制委の形骸化をもくろむ経産省幹部は規制委の了解を得ず、直接規制庁幹部と面談し60年超の原発を扱うための新制度や法律改正について相談している。規制庁の造反に近い行為だが、規制委は厳しい姿勢を示していない。
原発の安全性は老朽原発ほどリスクが高いうえ、ウクライナ戦争でも明らかなように万一、日本が戦争に巻き込まれる事態が起これば、ミサイル攻撃の目標にもなりやすい。老朽原発の60年超の運転延長の安全性チェックは規制委の重要な仕事と言えよう。規制委の各委員は原発の専門家であり、科学者としての良心に恥じない姿勢で政府の不当な圧力を跳ね返すため奮起してほしい。国会での関連法案の審議の場でも、野党は安易な原発復帰路線、それに伴う制度や法律改正に厳しい姿勢で臨み、岸田政権の独走に歯止めをかける努力を惜しむべきではない。
2023年2月25日記