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SOS地球号(279) 岸田首相の原発回帰は準備不足

「絵に描いた餅」で終わる可能性も

 岸田文雄首相は先週23日、衆参両院の本会議で、施政方針演説をした。その内容は少子化対策、防衛費増額、原発回帰、インフレ対策と賃上げ、リスキリングなど多岐に及んだが、総じて勉強不足、準備不足で、内外激動の時代を乗り越えるための大胆なビジョンの提示はなかった。演説は足元に押寄せる短期的諸課題を克服するためのその場しのぎの対策を羅列しただけの内容で、痛みを伴うが今の日本に必要な現状打破の構想は語らず仕舞だった。

勉強不足、準備不足の典型が原発回帰路線の推進だろう。2011年の東京電力福島原発事故以来、歴代政権は「可能な限り依存度を低減する」とし、原発の「新増設は認めない」という方針を貫いてきた。原発事故の被害が甚大で、多くの国民が強い原発アレルギーを抱くようになったためである。原発による電力の安定供給はありがたいが、一度事故が起これば、安定供給によるメリットより、事故によるデメリットの方がはるかに大きいことを実体験した結果である。

福島原発を契機に、原発の是非をめぐる議論は直接利害関係のある政府、電力会社、原子炉メーカー、ゼネコンなどの電力供給側が一方的に決める方式は許されなくなった。倫理的な視点からの検討も必要になる。社会を構成する様々なグループ、例えば、消費者、労組、地域社会、NGO、NPOなど、さらに自然科学、医学、宗教学、哲学、社会科学、法学、環境学、経済学などの専門家の意見を取り入れることが大切だ。そのためにはこれらの代表からなる「原発の是非を巡る超党派の委員会」の設置が求められる。もちろん、結論がでるまでにそれなりの日数がかかるが、このようなプロセスを通して国民のコンセンサスが形成される。ドイツが脱原発に踏み切ったのもこのステップを経てのことだった。日本でもこの過程を踏んで、「原発回帰OK」ならそれに従うべきだろう。

 実際はどうだったか。岸田首相は昨年8月下旬のGX実行会議で突然、電力需給逼迫への対応」として原発活用を打ち出した。ロシアのウクライナ侵攻で、石油や天然ガス価格の急上昇を理由に挙げた。歴代政府が10年以上抑制してきた原発規制路線を「事情が変わったから」と言って、国会審議もせずにいとも簡単に路線転換を決断してしまった。一国の首相としてあまりに軽率と言わざるをえない。再稼働や既存原発の稼働年限の延長、新増設については安全性や地元社会の了解を得るなど必要な手順があるが、それらは一切無視され、4ヶ月後の12月末までに具体案の提示を求める慌ただしさだった。

 原発復帰路線を推進するための勉強不足、準備不足も深刻だ。たとえば原発の60年超の運転を可能にするため、運転開始後30年を過ぎた原発について、10年を超えない期間ごとに安全性をチックする新ルールが提示されている。これで安全性は維持できるのか。

 海外では運転期間の上限がない国が多いが、国際原子力機関(IAEA)によると、60年を超えて運転を続けている原発はない。60年超の原発は「未知の領域」なのである。日本の原発が世界に先駆けて60年超に挑むリスクを首相は考えたことがあるのだろうか。

 専門家によると、老朽化のリスクとして、原子炉の金属が中性子を浴び続けることで脆くなる現象、「中性子照射脆化(ぜいか)」やコンクリートの遮蔽能力や強度の経年劣化などが指摘されている。近い将来、大地震の発生が予想される日本で60年超の稼働に伴リスクは大き過ぎる。

 原発推進のもう一つの柱として、次世代革新炉の開発・建設が掲げられているが、実現性があるのだろうか。新たな場所に新増設することは地元住民の反発が強いので、廃炉原発の跡地にリプレース(建て替え)する案が考えられている。だが電力会社の多くは次世代革新炉の開発、建設には冷淡かつ消極的である。小型化し安全性が高まるとはいえ1基の建設費が1兆円前後と高額になる。さらに次世代革新炉の多くはまだ欧米でも実用化されていないため、稼働時期も明らかになっていない。「50年炭素排出ゼロ」の政府公約の実現にも寄与しない。

 実際に稼働が可能になるとしても50年以降であろう。その頃には太陽光発電や洋上風力発電の発電コストがさらに低下し、次世代革新炉の発電コストは高過ぎて勝負になるまい。電力会社にとっては魅力がない。

可能性があるのは、原子力規制委員会の安全審査に合格したが、まだ稼働していない7基の再稼働を早めることぐらいである。

 岸田首相が高々と掲げた原発回帰は「絵に描いた餅」で終わる可能性が高い。

 今の日本に求められるエネルギー政策は、原発、火力発電依存から脱却し、太陽光、洋上風力などの再生可能エネルギー、水素、地熱、さらにヒートポンプの活用など自然界に存在する多様なエネルギー源を組み合わせたエネルギー供給体制の確立なのである。

2023年2月3日記

作成者: tadahiro mitsuhashi

三橋規宏 経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から名誉教授、専門は経済学、環境経済学、環境経営学。主な著書に「新・日本経済入門」(編著、日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)など多数。中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など歴任。

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