50年炭素ゼロ, 次世代革新炉, 老朽原発

 SOS地球号(277) 原発、運転延期と新増設とは大違い

▽新増設は計画倒れの可能性

 岸田文雄首相の原発推進宣言を受けて、経済産業省が原発の運転期間の延長と新増設について具体的な検討を開始した。運転期間の延長は「2050年炭素ゼロ」の政府目標を達成するための短期的対応手段。新増設は今後50年、100年先の日本のエネルギー政策を視野に入れた対応である。筆者は「科学的に未成熟な原発は地震列島の日本ではリスクが大き過ぎる」として、「原発ゼロ」への転換を本欄で主張してきた。そこで改めて、政府の原発回帰路線の内容を検討し問題点を指摘し、原発ゼロへの道を探ってみる。

 首相の原発回帰は運転延期と新増設を2本柱にしている。緊急度は運転延期の方が圧倒的に高く、新増設はそれほど高くない。50年の政府目標達成のためには、第一段階として30年度までに13年度比で温室効果ガス(GHG)の排出量を46%削減させるのが目標だ。そのためには電力発電に占める原発比率を20~22%まで引き上げなくてはならない。現在運転中の原発10基の発電比率は約6%に過ぎない。目標達成のためには20基以上の原発運転が必要になる。

 30年まであと8年しか残されていない。経産省がここにきて運転期間の延長について具体的な提案に踏み切ったのはこの緊急課題に応えるためである。

 経産省は今月8日、総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)の原子力小委員会に三つの見直し案を示した。一つは原則40年、最長60年の現行体制の維持、第2案は現行体制の骨格部分を維持したうえで、運転停止期間を運転期間に含めないことで引き延ばす案、第3案は上限を撤廃する案。

 

▽停止期間の除外か上限撤廃かの選択

 提案の趣旨から言って第1の現行体制維持はありえない。第2案か第3案の選択になる。第2案の「停止期間」を除外する案は、原子力規制委員会の安全審査に伴う停止期間や、裁判所の命令で運転を止めた期間などが対象になる。実現すれば約70年間の運転が可能になる。東京電力の新潟県・柏崎刈羽原発や日本原子力発電の東海第2原発(茨城県)などはこれまで10年近く運転を停止している。

 第3案は上限を撤廃する内容だ。運転開始から停止期間を含めて、30年以降10年ごとに劣化具合を科学的に検証し、向こう10年間、安全に運転できるように管理計画を作成する。原発の状態によっては10年より短くする。規制委の認可を得ずに運転した場合は停止命令を出すことができる。30年以降10年ごとのチェックによって、これまで最長60年だった運転期間を60年超運転できる道が開ける。

 ただ、政府与党内には上限撤廃に慎重論がある。既存の原子炉等規制法には運転期間原則40年、最長60年制限が記載されている。原則40年の運転期間は、当時与党だった民主党と野党の自民・公明両党の合意で決め、議員立法で原子炉等規制法を改正したものだ。原発事故を防ぐため古くて安全性が低い原発を廃止していく狙いがあった。今回の改正によって運転期間の上限が撤廃されれば、安全性の低い原発を無制限に運転できるとの印象を与えかねない。原発事故の教訓から生まれた現行制度を反故にする内容だけに原発アレルギーが強い国民の理解はとても得られないとの判断である。いずれの案も安全性の確認は規制委が担う。首相から年末までに結論を出すように指示があり、主務官庁の経産省は比較的抵抗の少ない第2案、つまり「停止期間は除外」で調整する姿勢だが、なお流動的である。

 運転期間が60年超となる老朽原発は2040年代に13基、50年代28基、60年代33基になる。仮に10年延期されたとしても、70年代には原発ゼロが実現する。この間、老朽化に伴う原子炉の劣化、配管やケーブル、ポンプ、弁などの設備・部品などの損傷、大地震の発生などがきっかけで深刻な事故が発生する可能性は残る。だが今世紀後半に老朽原発ゼロの時代になる。

 

▽次世代革新炉の新増設は「絵に描いた餅」

 原発回帰のもう一つの柱、原発の新増設はどうか。率直に言って、政府は新増設に及び腰のように見える。岸田首相が原発の新増設に当たり期待しているのが「次世代革新炉」だ。既存の原発の標準出力は約100万kw(キロワット)の大型炉だ。東電福島原発事故からも明らかなように、一度事故が起こればその被害は甚大かつ広範、事故処理にも10年、20年さらにそれ以上の時間がかかる。

その点、「次世代革新炉」は出力約30万kw前後の小型炉で安全性が高く、管理・保全対策も容易だ。

 経産省が7月に示した開発のロードマップ案では次世代革新炉として5種類が紹介されている。「高温ガス炉」、「革新軽水炉」、「小型軽水炉」(小型モジュール炉=SMR)、「高速炉」、「核融合炉」だ。軽水炉は現在国内外で広く運転されている原発だ。核燃料の熱で水を沸騰させ,蒸気でタービンを回して発電する。福島原発事故を引き起こした。この軽水炉の安全性を向上させたとするものが「革新軽水炉」、SMRはさらに革新軽水炉を小型にしたものだ。「高温ガス炉」は核燃料の冷却をヘリウムガスで、「高速炉」は金属のナトリウムで冷却する。「核融合炉」は水素の一種を高速で衝突させる際に生まれるエネルギーを活用する。

 このうち30年代に商業運転が可能なのは革新軽水炉(SMRを含む)だけだ。ほかの3つの革新炉は欧米でもまだ研究・開発の段階で、高度の科学的知見と技術の融合が必須条件だ。さらに実用化までの開発費は巨額に達する。日本単独で商業運転まで漕ぎ着けられる代物ではない。早くても50年以降になりそうだ。50年炭素ゼロには間に合わない。さらに次世代革新炉の運転が可能になったとしても、発電コストは再エネ発電の2倍以上になり、とても商業炉として機能しない、との指摘もある。

 次世代革新炉は経産省が、「将来こんな原子炉も可能だ」というビジョンを提示したものに過ぎず、政府が本気で次世代革新炉に取り組む姿勢は感じられないと指摘する専門家もいる。

 技術的に可能とされる「革新軽水炉」にしても、商業運転までに様々な障害が山積している。既存の原発設置については1974年(昭和49年)に電源開発促進税法など電源3法が制定され、立地県、地域に豊富な交付金が支給された。この交付金を使って、道路、上下水道、公園、学校、病院などの文化、福祉施設などが急速に整備された。地元産業や原発関連企業の進出に対しても税制など様々な優遇措置が実施された。原発立地地域は「原発様々」で誘致を歓迎し、地域の発展に繋がった。

だが、福島原発事故を境に全国各地で原発誘致反対の空気が広がっている。小型原子炉とはいえ、一度誘致してしまえば、50年、60年と長期に渡って地元は原発リスクに晒されることになる。「交付金などいらない」、「原発リスク対策を優先させたい」といった地元の声を押し切ってまで誘致を強行する政治家は多くはあるまい。

 

▽今世紀末には原発ゼロ、再エネ中心のエネルギー供給体制へ移行も

 今世紀後半には気候変動の脅威が一段と激しさ増すことが予想され、それに伴い、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの技術が飛躍的に向上し、電力発電の大部分を賄う時代が到来している可能性が高い。そうなれば、小型化したとはいえ、大きなリスクを抱え、高レベル放射性廃棄物(核のゴミ)を排出し続ける原発は「無用の長物」になってしまうかもしれない。

 時代が大きく変化する中で、50年、100年先のエネルギー政策を現世代の政治家が決めると様々な無理が生じる。岸田首相の期待する「次世代革新炉」の新増設は結局構想倒れ、「絵に描いた餅」で終わる可能性がきわめて高いと見るのが妥当だろう。今世紀後半には原発ゼロ、再エネ中心のエネルギー供給体制が整い、大地震への備え、安全対策が大きく進むだろう。

(2022年11月20日記)

作成者: tadahiro mitsuhashi

三橋規宏 経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から名誉教授、専門は経済学、環境経済学、環境経営学。主な著書に「新・日本経済入門」(編著、日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)など多数。中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など歴任。

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