未分類

SOS地球号(275) 岸田首相、突然の原発推進、国民合意ないまま

▽少なくても、規制委強化を

 2011年3月11日の東京電力福島第一原発の事故以来、歴代首相は原発の新増設を認めず、電力発電に占める原発依存度は可能な限り低減させる政策を貫いてきた。ところが岸田文雄首相はロシアのウクライナ侵攻で発生した石油や天然ガスの供給不安をエネルギー危機と捉え、原発の新増設や原則40年の運転期間の延長を検討する方針を打ち出した。原発回帰へ向けた突然の政策転換である。

 歴代首相が原発回帰に慎重だったのは福島原発事故が放射性物質を周辺地域に拡散させ、深刻な被害をもたらしたことに対する配慮があった。被害地域の住人は故郷を追われ、多くの住民がいまだに帰還できないでいる。日本社会全体に深刻な不安が広がった。そればかりではない。メルケル首相率いる技術立国、ドイツが「脱原発」に踏み切った直接のきっかけは福島原発事故だった。

 日本の周辺国を含め、多くの国が福島県産の魚介類や農産物の輸入に危惧を抱いている。

▽原発事故の処理,遅々と進まず

 福島原発事故対策は事故後10年以上経ったいまでも、遅々として進んでいない。廃炉の事後処理はいつ終わるか分からず、原発処理水の海洋放出も地元漁民と政府との調整は難航している。原発事故の賠償責任、被害者への補償問題もいまだに解決していない。原発運転で発生する高レベル放射性廃棄物(核のゴミ)は放射能が無害化するまで最長約10万年の長い年月がかかる危険物質が含まれているにもかかわらず安全な最終処分地を決められないでいる。

 政府が期待する次世代の小型モジュール炉(SMR)、高速炉、高温ガス炉などの小型原発は、海外でもまだ開発段階で商業運転のメドさえたっていない。唯一30年代に稼働できそうなのが炉心の冷却に水を使う従来型の軽水炉を小型化した改良型軽水炉だけだ。原発の建設コストは上昇しており、経産省の試算でも2030年時点での発電コストは原発よりも太陽光の方が安い。次世代原発のコストはさらに高くなる。それなら、原発を増やすより安全でリスクの低い太陽光や洋上風力などの再生可能エネルギーを増やす方が得策なはずだ。

▽政策転換のプロセス、一方的で不明朗

 政策転換に至るプロセスも問題だ。岸田首相は脱炭素を議論するGX(グリーン・トランスフォーメーション)実行委員会の第2回会合(8月24日)で原発の新増設などの推進を打ち出し、年末までに具体案をまとめるよう指示した。

難問山積で日本の将来のエネルギー政策に大きな影響を与える原発政策の決め方としてはあまりに一方的、密室的でとても民主的決定とは言い難い。

原発政策の転換は国民参加の下で時間をかけ十分議論し、国民の合意を前提にしなければならない。国民は原発の安全性に大きな不安を抱いている。地震・火山列島の日本で再度原発事故が起こればその被害は甚大なものになるだろう。

 脱原発か推進かの国民合意を得るために次の二つの提案をしたい。

▽規制委の役割強化を

一つは原子力規制委員会の役割強化である。同委員会は今月19日で発足から10年目を迎えた。11年3月に福島原発事故が起こるまで、原子力の安全規制を担っていたのは原子力安全・保安院だった。保安院は原発を推進する経産省の一部局だった。

「規制と推進」が同じ経産省にあるため、保安院の規制はお飾りに過ぎないとの批判を受けて、事故当時政権を担っていた旧民主党は保安院を廃止し、環境省内に新たな組織として独立性の強い原子力規制委員会を発足させた。規制委はこれまでの原子力規制で想定されていなかった過酷事故(シビアアクシデント)や地震・津波対策を大幅に強化した新規制基準を策定した。さらに新たな知見を既存原発に適用する「バックフィット制度」も導入した。

規制委がこれまでに審査し合格した原発は17基、このうち地元の同意などが得られず動いていない原発は7基ある。

10年間の実績を振り返ると、審査期間の短縮、審査の簡略化などを求める国会議員や電力業界の圧力をはね除け、まずまずの成果を挙げてきたといえるだろう。

ただ10年を経過した今、強い責任感を抱いて参加した発足当時の委員はいなくなる。

原発の検査などを担当する若い専門家も不足気味だ。委員交代期を狙って規制委の弱体化を図る動きも予想される。

 規制委の役割を強化させるための人材獲得、政府の不当介入(推進派の委員長、委員の派遣など)を排除するため監視体制の強化などが求められる。

▽全国民参加で倫理面から議論を

 二つ目の提案は、原発の是非を広く議論する審議会のような組織を発足させることだ。

これまで、原発を巡る議論は、原発を推進することで利益が得られる政・官・財・学の特殊な集団、原子力村の住人といわれるグループによって独占されてきた。原発事故以後は鳴りを潜めてきたが、岸田首相の原発回帰方針をうけて息を吹き返してきた。

 原発事故で安全神話が失われ、国民の間に原発に対する強い不安が広がっている。原発を有力な電力供給源だとする実利的な側面だけではなく、倫理面からその存在を見直そうとする動きも強まっている。

 全国民参加で原発の是非を倫理面から議論する審議会のような組織を発足させ、国民合意が得られるまで時間をかけて議論する場が必要だ。

審議会のメンバーは自然科学、医学、哲学、社会科学、経済学など各分野の専門家が個人の資格で参加し、組織に捕われない議論が必要だ。国ベースだけではなく、地方自治体ベースでも同じような組織を発足させ、年に数回、全国大会を開き、意見を交換する。日本として原発の是非を決めるためにはこのように地に足がついた議論が必要だ。

岸田首相はこの際、拙速で準備不足の原発回帰路線を白紙に戻し、今後100年,200年先を俯瞰した場合、原発は日本に必要なのかを含め、今後のエネルギー政策を透明かつ民主的な議論を通して形成する新しい政治手法の導入に政治力を発揮すべきだ。

(2022年9月29日記)

作成者: tadahiro mitsuhashi

三橋規宏 経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から名誉教授、専門は経済学、環境経済学、環境経営学。主な著書に「新・日本経済入門」(編著、日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)など多数。中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など歴任。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です