「悪平等主義」を見て取り、外資が撤退を始めた
洋上風力発電は太陽光発電と並んで脱炭素、脱原子力の次世代を支える基幹エネルギー源として期待されている。狭い国土で設置場所が限定される太陽光発電に対し、四面海で囲まれる日本は、洋上風力発電の適地に恵まれている。
ところが石炭火力、原子力発電を戦後日本のエネルギー政策の二本柱としてきた政府は、時代が大きく変わったにもかかわらず、戦後のエネルギー政策の温存に必死である。世間向けには太陽光や風力を将来の基幹エネルギー源として位置付けてはいるものの本心はあまり変わっていない。天候に大きく左右される太陽光や風力は質の悪い二番手のエネルギーに過ぎない、との思い込みが経済産業省幹部の頭の中に刷り込まれている。そのため太陽光や風力などの再エネ対策は長期展望を欠き小手先の対策に終始してきた。気がつくと、欧米との格差が大きく開いてしまった。
欧州より開発・普及で30年以上も遅れてしまった
洋上風力はその典型で、開発、普及では欧米に30年以上の遅れをとってしまった。2001年8月、筆者はスウエーデンの環境取材のためデンマークのコペンハーゲン空港に降り立った。その直前機上から下を見ると、洋上風力発電が整然と並んで海岸沿いに敷設されているのが視野に入った。日本では陸上風力発電がようやく設置され始めた頃で、その先進的取組みに感動したことを今でも忘れない。それから20年近くが経ち、ようやく日本でも洋上風力発電の開発普及に乗り出した。遅きに失したとはいえ今後に期待したい。
日本の洋上風力発電の幕開けは3年前の19年4月と日が浅い。政府が「再エネ海域利用法」を施行し、事業者が一般海域を30年間占有できる環境を整えたときからだ。2040年までに最大4500万kw(キロワット)をつくる。原子力発電45基分に相当する事業だ。
政府は初の大規模案件として、秋田県沖の2海域と千葉県銚子市沖の計3海域で、発電規模170万kwの洋上風力発電の公募を実施した。昨年12月に国が発表した3海域の公募結果によると、三菱商事を中心とする事業体が3海域で全勝した。勝利の最大の理由は三菱商事の売電価格が1kw時あたり11.99〜16.49 円で政府が設定した上限価格を大きく下回り、欧州で一般的な10円未満に迫る水準だった。例えば秋田県沖(由利本荘市)では、三菱商事の11.99 円に対しライバル側の提示額は17.20〜24.49 円だった。
三菱商事の全勝に苦情が続出
ところが三菱商事が全勝したことに対し、破れた陣営からは「低価格過ぎる」、「リスクを甘く見積もっているのではないか」などの批判の声が続出した。さらに経産省や国土交通省に対し公募条件の変更を求める圧力が高まり、政治家への陳情も見られた。これに対し三菱商事側は10年程前から欧州でのプロジェクトに社員を派遣してきた。20年には中部電力と組みオランダのエネルギー企業を買収するなど、洋上風力設置の勘所を詳細に検討し、公募に応じたと反論している。
この論争から明らかなように、公募を独占した三菱商事側に理がある。低価格の売電価格は利用側の消費者に大きなプラスになる。公募に落選した側は三菱商事の公募内容にあれこれ難癖をつけるのではなく、次回の公募で三菱商事よりさらに安価な売電価格を提示できるよう努力するのが筋ではないか。そうした企業間の競争が洋上風力発電の開発、普及を加速させることになる。
経産、国土両省、公募ルールの見直し
ところが洋上風力を監督する経済産業、国土交通の両省が出した結論は落選組の意をくんだ公募ルールの見直しだった。両省は6月下旬、見直し案をまとめた。見直しの最大のポイントは、複数の海域で同時に公募する場合、特定の企業連合が「一人勝ち」するのを防ぐため、企業連合当たり100万kwの落札上限を設けたことだ。上限に達すれば他の海域への公募はできなくなる、という内容だ。売電価格が相対的に高い企業が存続できるように配慮した「悪平等主義」の復活である。
売電価格競争を通して、洋上風力の技術開発を促し、普及・発展を加速させることが今の日本に最も必要なことだがこの原則をあっさり捨ててしまった。「角を矯めて牛を殺す」の愚に等しい。日本の業者と異なり、激しい価格競争を生き抜いてきた欧米の事業者の中には「低価格競争」を歓迎する声が多数派だ。
公募ルールの見直しで開発規模が小さくなったことを嫌気して、日本市場の拡大を期待していた欧州企業の日本撤退の動きが出ている。洋上風力発電に使う風車の生産で世界最大企業の一つ、デンマークの「ベスタス」は、7月に入り、長崎県内に計画していた風車の関連工場の建設を取りやる、発表した。スペインに拠点を持つ独シーメンス系の風車会社も、発電事業者などに日本での洋上風車の供給を見送る方針を伝えたという。
外国企業巻き込んだ大競争が市場拡大を促す
洋上風力発電はこの数年、急速に普及している。2021年の世界の累積導入量は55.7 gw(ギガワット、1gw=100万kw)に達している。10年前の約15倍である。洋上風力の専門調査機関の調査によると、2031年の導入量は371gw、21年比6.6倍も増える見通しだ。
政府は40年までに最大4500万kwの風力発電を計画している。50年炭素ゼロを目指すためには50年までにさらの同程度の洋上風力の敷設が必要だ。
遅れに遅れた日本の洋上風力を発展させるためには、国内企業優先の「悪しき平等主義」と決別し、多くの外国企業を巻き込んだ競争にしっかり軸足を移し替え、市場拡大を目指さなければならない。そのためには、政府の公募ルールの見直しの見直しが急務になっている。
(2022年8月11日記)