原子力規制委員会, 福島処理水放出, 風評被害

SOS地球号(269) 福島処理水放出、焦点は風評被害

廃炉作業を急げ

 原子力規制委員会は先週15日、東京電力福島第一原子力発電所の処理水放出に伴う環境影響評価などの審査をほぼ終了した。早ければ5月にも正式合格となり、来年(23年)春にも10年越しの課題だった処理水放出が断行される見通しだ。

 処理水は原子炉建屋などを通過して汚染した地下水や雨水などを大半の放射性物質を取り除く多核種除去設備(ALPS)に通した後、タンクに入れ敷地内に保管している。東電は海水による希釈を含め、ALPSで除けないトリチウムの濃度を国の基準の40分の1(1リットルあたり1500ベクトル)未満にして海底のトンネルを使って約1キロ沖合に放出する計画だ。

 規制委は15日の審議会会合で「放出が始まれば放射性物質濃度の測定データが増える。現時点の評価データと比べて、どのような変化があるか確認してほしい」と要請した。トリチウムを含む汚染水は世界保健機関(WHO)が定める飲料水基準の7分の1程度にまで薄めて海に流すことは国際的に認められている。日本を含め欧米諸国、日本に厳しい姿勢を表明している中国や韓国の原子力施設でも実施されている。

 今後の段取りとしては、規制委の審査書(合格書)案について一般からの意見公募を求め、問題点の指摘などがあればあらためて検討する。福島県と立地2町(双葉町、大熊町)の事前了解も必要になる。東電は当初,今年6月に放出トンネル建設工事などに入る予定だったが規制委の審査会合が続いていたため、工事が遅れる可能性もある。

 段取りが順調に運んだとしても、来年春の放出までにはなお紆余曲折が予想される。まず全国漁業協同組合連合会(全漁連)などが海外放出に強く反対していることだ。放出に伴う風評被害や工事ミスを懸念している。

 風評被害を懸念する声は漁業関係者者だけではなく、地元のコメや野菜、果実、畜産,木材生産などの農業・酪農・林業従事者の間でも根強く存在している。原発事故発生から10年以上が過ぎたが、この間、地元の漁業、農林業従事者は生産物の厳格な検査によって放射性物質の存在量などチェックし、風評被害の払拭に努力してきた。

 

 政府、東電も漁業関係者との話し合の中で「関係者の理解無しには処理水を処分しない」と繰り返し約束してきた。それにもかかわらず、昨年4月菅政権(当時)は2年後をメドに処理水の海洋放出を決めた。敷地内にある大量のタンクが廃炉作業の妨げになるとの理由からだ。その直前まで、所管の経済産業省は「関係者の理解を尊重する」と言い続けていただけに、突然梯子を外された漁業関係者などからは「決定過程が不透明だ」との不満がくすぶり続け、今日に至っている。

 

 処理水放出をめぐる最大の争点は風評被害対策である。放出前に科学的に安全性が証明されても、実際放出されると様々な風評被害が飛び交う。これに対し、政府、東電は世界保健機構や国際原子力機関(IAEA)などのお墨付きを得て、安全性を強調し風評被害を抑えることに全力で取り組む考えだ。IAEAは放出に反対する国を含む海外の専門家を日本に派遣し視察させる方向で準備を進めているという。

処理水に含まれるトリチウムの濃度は国際基準と比べ大幅に希薄化させても、「大量に放出され続ければ、海水濃度に影響を与える可能性がある」との指摘も一部の専門家から提起されてある。

 処理水の海洋放出の安全性が科学的に証明されたとしても、風評被害が完全にゼロになるわけではない。SNSの全盛時代である。インターネットを通して様々な情報が飛び交う中で、悪意に満ちたフェイク(偽情報)ニュースが発信されるリスクは少なくないだろう。

 

 政府は昨年、風評被害対策として、値下がりした水産物の冷凍保管などを支援する300億円規模の基金をつくると発表している。これに対し全漁連は直接の風評被害対策とは別に「全国の漁業者が将来にわたり安心して漁業を継続できるようにするため、超大型の基金の創設」を求めている。

 経産省は超大型基金については「300億円は十分大型だと思っている」と述べ、「新しい基金を必ずつくると約束していない」と腰が引け、両者の溝は深い。

 放出反対の多くの声を押し切って、政府は原子力規制委員会の正式ゴーサインを得て来年春の断行を東電に伝える方針で、後味が悪い結末になりそうだ。

そこで、政府、東電に一つ注文しておきたい。廃炉作業を早期に終了させることが増え続ける汚染水を削減させる唯一の対策である。廃炉作業の進展と汚染水の発生量の変化をタイムスケジュールにして放出前に公表し、風評被害対策の一助にして欲しい。

(2022年4月20日記)

作成者: tadahiro mitsuhashi

三橋規宏 経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から名誉教授、専門は経済学、環境経済学、環境経営学。主な著書に「新・日本経済入門」(編著、日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)など多数。中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など歴任。

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