ウクライナ戦争, チェルノブイリ原発, 大量破壊兵器

SOS地球号(268)ウクライナ戦争に見る深刻な環境破壊

戦争が引き起こす環境破壊の全体像を検証

 戦争が引き起こす環境破壊や汚染ほど広範で多岐に及ぶものはない。多くのエネルギーや天然資源を浪費し、自然環境を破壊し、有害物質をまき散らし、多くの人命を奪う。第一次、第二次世界大戦などはその典型だが、不思議なことに戦争が引き起こす様々な環境破壊の全体像は客観的、数量的に把握されていない。戦争は国家間の争いである。戦争に勝つためには大量のエネルギーが使われる。兵器生産(通常、核、生物・化学など)、輸送手段(トラック、航空機、船舶など)、攻撃手段(戦闘機,ヘリコプター、ドローン、装甲車、駆逐艦、潜水艦、ミサイルなど)を動かすためには膨大なエネルギーが必要だ。基地内の燃料施設にはガソリンやジィーゼル、軽油、天然ガスなど大量の化石燃料が蓄積されている。さらに様々なデジタル技術、センサー、AI(人工知能)などの先端技術の開発にも多くのエネルギーが投入される。しかも軍事関連事業はいずれも高度な国家機密に属している。このため、戦争が著しく地球環境を破壊してきたにもかかわらず、破壊の全体像は未だによく分かっていない。

そこで、現在進行中のウクライナ戦争を参考に、戦争がどのように地球環境を破壊するかをチェックし、後日、戦争が引き起こす環境破壊の全体像を検証するための参考に供したい。

 

1気候変動に与える影響

 戦争による環境破壊で最も深刻なのは気候変動に与える影響だ。ウクライナの上空を飛び交うおびただしい数の戦闘機、大地を揺るがして走る戦車、兵員輸送車、兵器や燃料、食糧などを運ぶロジスティクス支援のトラックなどが絶え間なく動き回る。使われる燃料はガソリンやジィーゼルなどの化石燃料が中心だ。爆撃されたウクライナ側の軍事基地内の燃料貯留場や工場、建屋などが燃え上がる。爆撃地域から避難するウクライナ市民の自動車の長蛇の列。自動車はガソリンがなければ走れない。エネルギー源として化石燃料を使い続ければ、温室効果ガスのCO2(二酸化炭素)が大気中に大量に排出され続ける。それが地球表面の温度を上昇させ大気や海流の流れに影響を与える。その結果、気候変動を悪化させ,各地に異常気象をもたらす。

 気候変動を安定させるため、パリ協定では2050年までに炭素ゼロの世界を目指しているが、無益な戦争が長期化すれば、ウクライナのCO2排出量は通常時の50倍、100倍、あるいはそれ以上に増えてしまう恐れもある。

 

2チェルノブイリ原発占拠

ロシア軍は2月24日、ウクライナに侵攻すると、早々に隣国、ベラルーシとの国境近くにあるチェルノブイリ原子力発電所を攻撃し占拠した。チェルノブイリ原発は1986年に爆発事故が起き、大量の放射性物質が飛散した。この爆発で少なくとも51人が死亡したと言われる。国際原子力機構(IAEA)や国連によると、約4000人が高レベル放射線を浴びた後にガンで死亡、さらに約5000人が放射線被爆で死亡したとされる。ウクライナ政府は半径30キロ圏内を放射線濃度の高い危険地域として立ち入りを制限している。コンクリートと鋼鉄製で覆われたシェルター内で爆発した原子炉の処理作業を続けている。

 ロイター通信によると、占拠したロシア軍の兵士は放射線防御服を着用せずに現地に入り、軍用車両で汚染された土をかき回し、危険な量の放射線に晒されている、と伝えている。幸いなことに高レベル放射性廃棄物を冷却する貯水施設は被害を受けていないが、廃炉を管理するウクライナ人専門家の多くが疲労を訴えている。

彼らが疲労で作業ミスをすれば被爆リスクは一気に高まる。なぜ、ロシア軍が危険極まりないチェルノブイリ原発を占拠したのかわからないが、放射線防御服を着用せず、原発処理の専門家も同行せず占拠したところを見ると、原発リスク対策の知識は皆無だったと推測せざるを得ない。万一間違って、ミサイル攻撃や砲撃によって、発電や冷却用貯水施設、廃炉作業現場が破壊されれば、大変な事故に発展したかもしれない。

 ウクライナには15基の原発が稼働しており、発電量全体の54%を原発が占める原発大国である。稼働中の原発が攻撃されれば、第二、第三のチェルノブイリ原発事故を誘発し、欧州全域に高濃度の放射性物質が拡散する懸念がある。

 

3膨大な戦争廃棄物の発生

テレビやSNSを通して毎日のようにウクライナ戦争の実情が伝えられている。ロシア軍はミサイルや爆撃機を使ってウクライナの主要都市を爆撃している。当初は軍事関連施設が目標で、一般市民は攻撃の対象にしないと言っていた。だが最近は高層住宅、ショッピングセンター、行政庁舎、病院、学校など民間施設への攻撃が際立っている。砲弾を撃ち込まれた高層住宅や病院、学校などの被害状況、崩れ落ちたコンクリートや鉄骨、木片、化繊類のシートや衣類などが瓦礫となって辺り一面に散乱している。焼け焦げた自動車があちこちに放置されている。戦場では破壊され焼失したおびただしい数の戦車やトラックが置き去りにされている。

 ロシア軍が包囲するウクライナ南東部の拠点都市、「マリウポリ」は攻撃によって多くの建造物が破壊され、都市そのものが消失してしまったような姿に変わってしまった。戦争によって消滅させられた都市に残るのは膨大な戦争廃棄物だけだ。

これらの廃棄物を処理し、都市を再生するために何年かかるだろうか。また復興のために必要とされるエネルギーや資源の調達をどうするか。残された課題は尽きない。

4生物・化学,核などの大量破壊兵器による環境破壊

ウクライナ戦争では生物、化学、核などの大量破壊兵器は今のところ使われていない。しかし戦局が不利になれば、ロシア軍がこれらの大量破壊兵器を使う可能性はゼロとはいえない。プーチンロシア大統領は西側に対する脅しとして「使用」の可能性に言及している。生物兵器とは天然痘ウイルス、コレラ菌、炭疽菌、ボツリヌス菌などを使って人、動物、植物に害を加える兵器だ。化学兵器は化学剤を含む弾薬を爆発させ一度に大量の人を殺害する大量破壊兵器だ。大きく分けて、「血液剤」(塩化シアンなど血液中の酸素摂取を阻害して身体機能を喪失させる)、窒息剤(オスゲンのように気管支や肺に影響を与え窒息させる)、「びらん剤」(マスターなど皮膚や呼吸器系統に深刻な炎症を引き起こす)、「神経剤」(サリンのように神経系統を阻害し筋肉痙攣や呼吸障害を引き起こす)などがある。

一方、戦場で使う戦術核は小型化が進み、広島に投下された原発の10分の一から100分の一に近いものまで開発されている。だが、一度使えば大量の殺人、膨大な放射性物質が排出、拡散される。

大量破壊兵器は多くの人命を奪うだけではなく、自然界に様々な有害物質をまき散らし、生態系を損なってしまう。

 ロシアの一方的な侵攻で始まったウクライナ戦争で、同国内は深刻な環境破壊の波に飲み込まれているが、この機会に戦争と環境破壊の全体像をできるだけ具体に

映像などで捉え、数字化、数量化して「戦争が生み出す破壊の数々」を検証し、将来に伝え残す努力が求められる。

(2022年4月8日記)

作成者: tadahiro mitsuhashi

三橋規宏 経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から名誉教授、専門は経済学、環境経済学、環境経営学。主な著書に「新・日本経済入門」(編著、日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)など多数。中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など歴任。

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