今年こそ、賢人会議立ち上げ、国家百年の計を創ろう
今年は寅年。寅年にちなんだ寓話をひとつ。
「昔々、草原に2匹の兄弟トラが仲良く暮らしていました。兄の名は現状維持。弟の名は変化。兄は現状の草原に満足していました。弟は草原の一部が枯れ、獲物の数も減ってきたことに危機感を募らせています。普段仲の良い兄弟ですが、時に大げんかをします。弟が勝てば新しい草原を求めて移動します。兄が勝てば、劣化しても居心地の良い草原に居座り続けます。人間の千年がトラの1年に当たる世界で、時々起こる兄弟喧嘩がトラの歴史に変革をもたらし、2匹のトラに永遠の命を与えています」とさ。
新年を迎えた日本の前途には暗雲が漂っている。足元では、年末から新年にかけて日本を襲った寒波が日本海側や北海道に豪雪をもたらした。新型コロナウイルスの変異株、「オミクロン株」の感染力は速く、世界中を巻き込んで感染者が増えている。日本は欧米諸国よりはうまく対応しているものの感染第6波の入り口にいる。
中長期的にみると、日本国内の急速な人口減少、欧米先進国の中では際立つ低経済成長率、時代遅れのエネルギー政策、貧富の格差拡大。外に目を向けると、経済成長著しい中国の軍事力強化と対外拡大主義、北朝鮮の核武装化、米国の経済、軍事力の相対的低下と日本の安全保障リスクの拡大など拾い上げれば切りがないほど難問が横たわっている。
日本を覆う閉塞感を打破するため、昨年10月に就任した岸田文雄首相は「新しい資本主義」を掲げた。その柱は「成長と分配の好循環」であり、審議メンバーは経済団体や民間のトップで構成、半数近くの7人が女性だ。分配に力点をおき、緊急対策として賃金の低い看護師や介護士、保育士の給与を前倒しで引き上げるなどの具体策を約束している。
ビジョン、戦略、戦術の三位一体の体系
このことに特に異論はないが、今の日本に必要なことは目先数年の打開策ではなく、今後50年、100年後の日本をどうするかというビジョン、別の言葉で言えば,国民が意気に感じて目標達成に向け結束できる国家百年の計ではないだろうか。大きな目標、ビジョンを掲げ、ビジョン実現のための野心的な戦略、さらにきめ細かな足元の戦術を三位一体、一つの整合性のとれた体系として提示する必要がある。
首相が提示した「新しい資本主義」に、多くの国民が首を傾げ、歴代首相が掲げてきた政策とどこが違うのか区別がつかず、白けた空気で受け止めたことを忘れてはならない。あえていえば、「新しい資本主義」は戦術に属するものだが、ビジョン、戦略なしの戦術論に止まっておりどこに向かうかわからない。悪路にはまり込んでしまうかも知れない。日本を覆う閉塞感打破対策としては説得力を欠く。
『地球は一つ』の現実を受け入れる覚悟
国家百年の計を創るためには地球全体を俯瞰した大きな視野で構想しなければならない。そこから見えてくるのは「地球は一つ」という現実を受け止めることだ。その地球は現在様々な限界に突き当たっている。地球上に住める人類の数が地球の許容限度を超えてしまった。その結果、食糧不足、さらに自然界の片隅に潜んでいたエイズや新型コロナウイルスなどの悪質な感染症が人間社会に持ち込まれてしまった。天然資源は枯渇し、CO2などの温室効果ガスの排出過多が気候変動を悪化させてしまった。
地球の限界に直面しているのは,日本人だけではない。現代を生きる人類すべてが直面している深刻な問題だ。
我々現代人の先祖であるホモサピエンスが地球上に登場したのは20数万年前と推定されている。地球の誕生46億年前と比べればほんの新参者に過ぎない。その新参者である現代人はその頭脳と言葉、連携と共同作業によって、わずか1万年ほどの間に農業、工業など経済を急速に発展させたが、一方で自然環境を修復不可能になるまで破壊し、地球の限界に直面してしまった。
これからの人類は、地球の限界と折り合って生きていかなければ生き残ることができないだろう。人類が地球上に登場したのは約500万年前頃だが、それから今日まで様々な人類が登場しては消えていった。最後に登場したホモサピエンスだけが生き残った。そのホモサピエンスも「行け行けドンドン」の拡大主義ではやって行けない時代を迎えようとしている。
低成長、人口減少などを乗り切るノウハウの実践
日本に戻ろう。先ほど日本の直面する問題として低成長、人口減少を指摘した。
だが、地球の限界を前提にすれば、低成長、人口減少は必ずしもマイナス要因ではなくなる。地球全体が早晩、低成長、人口減少下時代を迎える。環境対策などでは欧州と比べ周回遅れの日本だが、低成長、人口減少時代を乗り切るノウハウづくりとその実践に成功すれば、新しい時代の旗手となり他国の参考になる。デジタル革命で生まれる多様な新技術を駆使し、一つの地球と折り合いながら質の高い生活を営める新しい経済社会の構築に挑むことは日本人としてやりがいのあることではないか。化石燃料や原発に依存せず、再生可能エネルギー中心の新しいエネルギー政策にも挑戦しなければならない。これまでの既存の価値観、政策体系を変えない限り挑戦は無理だろうが、逆に転換に成功すれば、望ましい新しい日本の姿が見えてくるはずだ。
社会を構成する各分野の良識を集めた賢人会で国家百年の計を
冒頭のトラの寓話から学ぶとすれば、今こそ弟の変化に存分に働いてもらわなければならない。ぬるま湯、政官財の既得権益グループ、それを支える様々な制度、法律などを完膚なきまで破壊し、一掃しなければならない。利害損得が絡み合う産業界の各代表で構成する「新しい資本主義」の検討会では戦術論を超えた提案は期待できない。
逆に、利害損得を超越した少人数の賢人会議を立ち上げ、数年内に国家百年の計の原案を創る。それをたたき台として国民参加による議論を巻き起こし最終案を作成する方法を採用したらどうだろうか。
ドイツでは大きな国家方針を決める場合、国が倫理委員会を設置する伝統がある。
委員会のメンバーは自然科学、医学、神学、哲学、社会科学、法律、環境、経済学など経済社会を構成するあらゆる分野から賢人を集め十分な議論を重ねて結論を出す。
福島東電第一原発事故後、メルケル首相(当時)の決断で,ドイツ脱原発倫理委員会が創設され、ドイツのエネルギー政策が脱原発へ大転換したことが一つの参考になるだろう。
(2022年1月7日記)