欧州で原発回帰の動き強まる
フランスのマクロン大統領は、COP26(第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議)が大詰めにさしかかった先月11月9日、「数十年振りに原発の建設を再開する」と発表した。2050年までに温室効果ガス(GHG)の排出をゼロにする目標の達成のほか「ここ数週間、ガスや電力価格が高くなっている、対策を急がなければならない」と強調した。原発の活用で電力の安定供給と脱炭素の両方を実現したいとの立場を明確に打ち出した。
フランスは元々原発大国で総発電量の71%(2019年現在)を原発が占めている。だが2011年の東京電力福島第一原発の事故後、オランド前大統領は原発のリスク回避のため依存度を25年までに50%へ引き下げる目標を掲げた。マクロン大統領も当初は目標を踏襲したが、その後35年に先送りしていた。今回さらに目標を撤廃し、新たな原発の建設に踏み切ると方針転換した。同大統領はいつまでにいくつ造るか明らかにしなかったが、仏メディアによると、最新型の欧州加圧水型炉(EPR)を6基建設する方針のようだ。
フランスは日本と違って原発に対するアレルギーは少なく、世論調査でも「原発は国の利点と考える」人が50%を占めている。英国も原発の活用で温室効果ガス削減を進める方針を明らかにしている。もっともEUの中ではドイツが脱原発を掲げており一枚岩ではない。
次世代小型原発、「小型モジュール炉(SMR)に関心集まる」
原発推進に当たって仏、英の両政府が期待しているのが次世代小型原発、「小型モジュール炉(SMR)だ。SMRは従来の出力100万kw(キロワット)超の軽水炉型原発と異なり数万~30万kwと規模が小さく、ポンプやモーターなど複雑な工程を経ずに原子炉を冷却できるので安全性が高いとされている。工場で部品を組み立ててから建設地に運搬するため、工期短縮や建設コストの削減が可能になる。マクロン大統領は10月、約10億ユーロ(約1300億円)を自国の原子炉メーカーに投資し、30年までに数基のSMRを導入する方針を明らかにしている。英国も10月、SMRなどの開発や技術の維持のため1億2000万ポンド(約180億円)の新基金をつくると発表した。これに呼応して、英ロールスロイス社が1億9500万ポンド(約300億円)を投入してSMRの開発に踏み切ると発表した。
先行する米国のニュースケール・パワーは2029年にもSMRの運転を始める計画だ。米政府から補助金をもらって開発を進める。出力7.7万kwの小型炉を12基並べ、これまでの原発と同規模の電力を供給する計画だ。カナダもSMRの導入に意欲的だ。
日本では今のところ、SMRの開発.製品化に独自で取り組む企業はない。ただニュースケール社には日揮ホーリディングやIHIが出資している。IHIは原子炉格納容器の供給を見込んでいる。また日立製作所と米GE(ゼネラル・エレクトリック)の原子力合弁会社、GE日立ニュークリア・エナジーは開発に取り組んでおり、12月初め、カナダの電力会社からSMRを受注したと発表した。来年中に建設許可を申請し、最大4基を建設する。早ければ28年に第一号基が完成する。
SMRの開発、製品化は欧米先進国だけではなく中国,ロシアでも積極的に取り組んでいる。世界的なSMR開発の動きは日本の原発推進派に原発回帰の起爆剤になると歓迎されている。岸田文雄首相の就任で自民党幹事長に抜擢された推進派の甘利明幹事長(その後辞任)は日本経済新聞のインタビューで「原則40年の耐用年数が近づく原発については、SMRを実用化し建て替えるべきだ」と答えている。経済産業省、電力会社、原子炉メーカーなどの原発推進派は、「小型原子炉の安全性は高い」と強調すれば、原発アレルギーの国民を説得できるのではないか、と密かに期待している。
地震列島の日本ではリスク大きく、不向き
だが、小型原子炉による原発推進路線は日本では禁じ手以外のなにものでもないことをしっかり認識する必要がある。
まず指摘したいことは日本が地震、火山列島であることだ。地理的条件から見て、フランス、英国などは近い将来、大地震が発生する可能性は低い。それに対して日本の場合、今後30年以内に大地震が発生する可能性が極めて高い。例えば多くの地震学者は、南海トラフ大地震が2050年までに発生する可能性を指摘している。東日本大震災と同じ程度の最大マグニチュード9.1を想定している。南海トラフは関東・東海・四国・近畿・九州などの広範囲にわたるため,発生時の被害規模は東日本大震災を大きく上回ると見られている。内閣府の有識者検討会は、今月下旬、岩手県沖から北海道沖にまたがる「日本海溝・千島海溝」を震源地とするマグニチュード9クラスの最大級の地震が起きた場合、最大19万9千人が死亡し、経済被害は最大で30兆円に及ぶ、との被害想定を発表した。日本列島は多くの震源地に囲まれている。東電福島第一原発の深刻な事故の教訓を風化させてはならない。
原発技術がいまだ未成熟であることも問題だ。事故が起こった場合、放射性物質の広範な拡散による被爆をさける避難方法、人々の健康維持、汚染された土壌、河川対策などどれひとつをとっても科学的知見に裏付けられた対策がない。1986年4月、旧ソ連時代に起こったチェルノブイリ原発事故から35年が経つ。いまだに破壊された原子炉の撤去はお手上げの状態で、周辺農地も荒れ果てたままだ。
発電コストの優位性も低下
事故対策だけではない。原発を稼働させることで排出される高レベル放射性廃棄物(核のごみ)をどう管理し、適性に廃棄処理する技術もない。小型原発でも数が増えれば、核のゴミも増え続ける。現状となんら変わらない。
さらに、原発の発電コストは、化石燃料や太陽光、風力などの再エネより安いのが売りだった。小型化によってさらに価格低下を目指している。だが、この数年、再エネ発電コストは急激に低下している。2030年には太陽光や風力の発電コストが原発や石炭火力を下回る、との試算もある。
地震列島の日本では、技術的に未成熟で事故発時に大きな被害をもたらしかねない原発は規模の大小にかかわらずリスクが大き過ぎ、禁じ手なのである。
(2021年12月30日記)