- 加熱する総裁選
自民党総裁選の候補者が絞られてきた。岸田文雄前政調会長、高市早苗前総務相、河野太郎規制改革相の3人に加え野田聖子幹事長代行も加わりそうだ。17日の告示(候補者受付)、29日の投開票に向け、政策論争も加熱してきた。政権与党、自民党総裁はイコール日本国首相を意味するだけに、各候補が日本の将来像をどう描くのか、その実現のためのどのような政策ビジョンを提示するのかに国民の関心が集まっている。
複数の新聞やテレビなどがこの1週間、「新総裁にだれが相応しいか」をアンケート調査した結果によると、河野氏支持が3人の中では最も高く本命視されている。河野氏は自民党の中では政党や派閥にあまり縛られず原発ゼロ、皇位継承のあり方などについて持論を展開してきた。それが河野人気の源泉だったが、ここにきて持論を封印するような言動が目立ってきたのが気になる。
特に原発ゼロに関する発言が曖昧になってきている。自民党は日本のエネルギー政策として、戦後一貫して「原発は必要」との立場を貫いて来た。現在検討中の新エネルギー基本計画案の中でも、2030年の電源構成の目標として、総発電量に占める原発比率を20~22%としている。原発容認派の岸田、高市両氏がエネルギー計画案を基本的に受け入れるのは当然だが、河野氏の発言を意地悪く解釈すると、両氏とあまり違わない路線に落ち着きそうな気がする。
この点について河野氏は、「いずれ原子力はなくなっていくだろうが、あした、来年やめろというつもりではない」と説明している。また別の機会に「新増設は考えていない」とも言及している。いかにも歯切れが悪い。総理になったら原発ゼロを目指して積極的にリーダーシップを発揮するのか、それとも原発ゼロを一事棚上げして2030年度の原発比率20~22%の実現に力をいれるのか。19年度の日本の原発発電比率は6%に過ぎない。目標達成のためには再稼働済みの9基に加え、再稼働を目指す17基すべてを稼働させなければこの目標は達成できない。この立場にたてば、河野氏は原発推進派に転換したことになる。総理になりたいために政治信条を放棄した変節漢のレッテルさえ貼られかねない。
総裁選を巡っては、エネルギー政策の他にコロナ感染が提起した緊急時の医療対策、コロナ禍後の景気浮揚策、米中対立など激動する世界と日本外交のあり方など多岐に渡る。だが、大きなくくりでいえば、その違いは、自民党内の保守派と革新派の問題意識の違いと見ることができる。
だがエネルギー政策、とりわけ原発問題は全く異なる。今の自民党議員、経済界の多くは原発推進派が主流を占める。一方、2011年の深刻な東電福島原発事故以来、多くの国民は反原発に変わった。原発の安全神話が一夜にして吹き飛び、放射性物質で住処を汚染され、故郷を追われた人々の多くは今でも地元に戻れない。地震・火山列島の日本で、今後30年以内に大地震が発生する可能性はかなり高く、第2、第3の原爆事故が起こればその被害は計り知れない。
さらに原子力発電は科学的には未完成の技術である。高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の適正処分さえままならない。
反原発、原発ゼロ運動を展開している小泉純一郎元首相は、「一国の首相が本気で取り組めば、原発ゼロの実現は可能だ」と繰り返し指摘している。
河野氏が政治信条である原発ゼロを本気で取り組む覚悟があるなら、既存の自民党の政策の大転換になる。河野氏は原発ゼロ実現のためのロードマップを作成し堂々と総裁選に臨むべきだ。もちろん原発ゼロと言っても、今日、明日、明後日、稼働中の原発を直ちに止めろというのは現実的ではない。稼働中の原発は安全年限、たとえば40年経過した場合は廃止、40年経過後60年まで稼働可能な原発なら50年に短縮する、経産省が再稼働を目指している17基は稼働させない、新増設はしない。このように基本方針を明らかにすれば、おのずと、何年後には、原発ゼロが実現する、という全体像を国民に示すことができる。
原発ゼロ実現のためには太陽光、風力、地熱、バイオマス、中小水力発電など多様な再生可能エネルギーの開発普及、水素エネルギー、蓄電池、丈夫な送電線網への投資、整備、さらに新エネ開発の経済浮揚効果についても短期、長期の見通しを提示しなければならない。
河野氏が総裁選に立候補する意味は、煎じ詰めれば、時代遅れ、長老支配、現状維持型の自民党の政治体質を根底から改革することにある。原発ゼロがその起爆剤になることを自覚すべきだ。
(2021年9月16日記)