国境炭素税, 脱ガソリン車

SOS地球号(259)  EU 温暖化対策で退路断つ覚悟

▽ ガソリン車販売35年禁止

 EU(欧州連合)の欧州委員会は先週14日,温暖化ガスの大幅削減に向けた包括案を公表した。その内容は①2035年にハイブリッド車を含むガソリン車などの新車販売については事実上禁止する、②23年にも鉄鋼、アルミニウムなどの輸入品に国境炭素税を導入する、⑶再エネ普及目標を現行の32%から40%へ引き上げるなど画期的な内容になっている。

 EUの包括案は30年までに域内の温室効果ガス(GHG)の排出量を1990年比55%削減する目標を達成するための対策だ。50年排出ゼロの中間点に当たる30年目標を実現するための具体的な内容を打ち出したことになる。包括案には「厳し過ぎる」など海外からだけではなくEU域内からも批判が強く、今後欧州議会での審議、さらに加盟各国首脳で構成するEU理事会の承認が必要になる。だが、EU加盟国の中には独、仏、オランダなど環境意識の高い国が多いため、最終的に承認される可能性が大きい。

 今回の包括案の中で、最も注目されるのは35年にガソリンやディーゼルなどの化石燃料を使った自動車の新規販売を禁止することだ。フォンデアライエン欧州委員長は14日の記者会見で「化石燃料に依存する経済は限界に達している」と強調し、不退転の決意を表明した。欧州の自動車販売は年間1000万台を超える巨大市場だけにその影響は大きい。

▽ ガソリン車の規制は世界で加速

 ガソリン車の規制は世界で加速している。英国は昨年11月、30年までにガソリン車とディーゼル車の新車販売禁止を打ち出し、35年にはハイブリッド車(HV)も対象とする。米カリフォルニア州も35年までに州内で排ガスを出す新車の販売を禁止する方針を明らかにしている。

 対応を迫られる自動車業界からは域内のドイツ自動車工業会を初め、フランスやイタリアの自動車メーカーからも、「技術革新の可能性を閉ざし、消費者の選ぶ自由を制限する」、「雇用維持を困難にする」など批判の声が寄せられている。ガソリン車の中には、これまで日本の独断場であったHV車も含まれるため、「戦略の練り直しは避けられない」(トヨタ自動車)と危機感を強めている。日本政府は30年代半ばまでに新車販売を電気自動車(EV)にする目標を掲げているが、HVの販売は認めるなど他国と比べ対応はかなり緩めだ。HVの販売を認めると、技術が確立しているHVに依存しがちになり、EVなどへの技術革新が遅れてしまうのではないかとの懸念も指摘もある。

▽ 鉄鋼、アルミなどに国境炭素税の導入

 包括案で提案された輸入品に事実上の関税をかける国境炭素調整措置(国境炭素税の導入)も輸出国に与える影響は大きい。当面、生産過程で大量のCO2を排出する鉄鋼、アルミニウム、セメント、電力、肥料の5製品が対象だ。

 様々な企業が生産、運輸、流通過程で化石燃料を使えば、一定のCO2を排出する。EUではCO2の排出量を抑制するための排出規制を実施している。その際、ある企業は排出削減技術に成功し、定められた排出量以下に抑えることに成功したが、別の企業は定められた排出量以上に排出せざるを得ない状態が起こる。この場合、削減に成功した企業と失敗した企業が排出量を市場で自由に売買できれば双方にとってメリットが大きい。EUでは世界に先駆けて2005年からCO2の排出量取引制度を導入している。実際にはCO2排出量1トン当たり〇〇ユーロという形で取引される。過去5年程のEUの排出量取引の先物価格をみると、15年から18年初め頃まではCO2排出量1トン当たりの価格は5ユーロから10ユーロの間だったが、30年削減目標達成のため規制が強化されており、それを反映して最近では30ユーロ(約3900円)前後まで上昇している。

▽国境炭素税、100億ユーロの税収を期待

鉄鋼、アルミなど今回指摘された輸入5品目にEU並みの温暖化コストが課されていない場合は、国境炭素調整措置として国境炭素税が課されることになる。その場合、最近の先物価格から推計すると、1トン当たり30〜40ユーロになるのではないかと見られる。

 当面、中国やロシア,トルコなどが影響を受けそうだ。EUの輸入に占める割合を見ると、セメントではトルコが37%を占めるほか肥料ではロシアが36%、鉄鋼ではこの3カ国がトップ3に名を連ねている。国境炭素税が実施されればEUには年間約100億ユーロ(約1兆3千億円)の税収が見込まれている。

 国境炭素調整措置は23年から3年間を移行期間として事業者に報告義務を課す。26年から本格導入され、支払いが発生する見通しだ。

国境炭素税については、「保護貿易を誘発する」などと輸出国から反発する動きが強まっている。

▽日本は気候変動リスクをEUと共有すべきだ

日本は今回のEU包括案に対し「世界の貿易秩序を壊す行為」などと反発するのではなく、「気候変動を緩和させるためのぎりぎりの措置」と前向きに受け止め、気候変動危機を共有する覚悟が求められる。それを前提にして、例えば、ガソリン車の販売禁止に対しては、電気自動車や燃料電池車、水素燃料で動かすエンジン車の開発などに官民一体となって取り組むべきだ。さらに日本国内にはまだCO2排出量取引制度がなく、現在政府内部で検討中だが、EUの国境炭素税の導入を機に、同制度の創設を急ぎ、透明度の高い炭素価格の形成を目指すべきだろう。今回のEUの気候変動危機対策を保護貿易主義などと矮小化せず、地球環境の保全という大きな視点から受け止めるべきだろう。

                    (2021年7月22日記)

作成者: tadahiro mitsuhashi

三橋規宏 経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から名誉教授、専門は経済学、環境経済学、環境経営学。主な著書に「新・日本経済入門」(編著、日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)など多数。中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など歴任。

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