SDGs, パリ協定, 気候変動サミット

SOS地球号(257) 46%削減、環境修復を優先する「地球哲学」掲げよ

▽30年度の温室効果ガス削減目標,引き上げ

 バイデン米大統領が主導して40の国・地域の首脳らが参加した気候変動サミットが先週オンライン会議で開かれた。会議に参加した菅義偉首相は2030年度の温室効果ガス(GHG)の排出量を13年度比46%削減とする目標を掲げ、さらに「50%の高みに向け挑戦を続けていく」と表明した。「その言やよし」である。それまでの日本の目標は,13年度比26%減と低く、環境に熱心世界の環境NGOや温暖化対策で一歩先を行くEU加盟国から「日本の本気度」が問われていた。

 先週のサミットでは主催国の米国が30年のCO2排出量を05年比50~52%削減、EU加盟国は90年比55%以上の削減、英国は90年比68%削減を表明しており、日本の目標値も遜色がない。最大の排出国、中国は30年までに排出量をピークアウトにする、と表明した。

▽よほどの覚悟がないと「絵に描いた餅」に

 バイデン大統領が温暖化対策に消極的だったトランプ前大統領に代って、パリ協定に復帰し、温暖化対策にリーダーシップを発揮したことで、パリ協定が掲げる「50年炭素ゼロ」が少しだが現実味をおびてきた。

 日本が削減目標値を大幅に引き上げたことは歓迎できるが、その実現は並大抵のことではない。よほどの覚悟を持って取り組まない限り、「絵に描いた餅」で終わってしまうだろう。

 これまで日本はGHGの排出量削減目標の設定に当たって、三つの方法、やり方を基本にしてきた。

 第一は積み上げ方式である。積み上げ方式とは過去から現在までのトレンドを将来に引き延ばし、石炭火力、原子力、再生可能エネルギーなどの各種エネルギー源の比率(例えば電源構成)を時代の変化に合わせて微調整する手法である。この方法は過去に大きく引きずられるため、思い切ったエネルギー構成比の転換は難しい。今回の46%減は「積み上げ方式の限界だ」と担当の経産省幹部は指摘している。

▽ 本丸の削減に真正面から取り組め

 第二は本丸での削減に真正面から取り組んでこなかったこと。1997年のCOP3(国連気候変動枠組条約第三回締約国会議)で日本は90年比で2012年末までにGHG排出量6%削減を約束(京都議定書)した。しかし、6%削減の中味をみると、森林の吸収分3.8%、外国で削減した排出量が1.6%となっている。この結果、本丸の日本国内のGHG削減はわずか0.6%に過ぎない。12年が終わった段階で日本は公約通り6%削減を果たしたが、国内のGHG排出量は基準年の90年を上回ってしまった。本丸での大幅削減をあれやこれや理由をつけて逃げる手法はもはや許されない。

 第三は、削減目標を外交交渉としてのみ捉えてきたこと。京都議定書の時もそうだったが、今回の30年削減目標も、米国が何%下げるから、EU加盟国が何%下げるから日本も何%程度下げないと格好が悪い、といった発想で46%が決められた。この手法は元々、貿易交渉などで、相手国が関税を何%引き下げるので日本も何%引き下げるなど国家間の経済交渉などで使われる手法だ。温室効果ガス削減交渉には本来相応しくない手法だが、このやり方が今回も大手を振るっている。

▽地球を健全な姿で、将来世代に引き継ぐ

 30年46%削減,50年炭素ゼロを目標に、これから日本が挑戦していくためにはこれまでのやり方を放棄し、国民が一丸になって取り組める新しい発想、価値観の共有、意識改革が必要になる。

 その基本となる考え方は、かけがえのない地球を健全な姿で将来世代に引き継ぐために現代世代の我々に何ができるかをしっかり考え、環境負荷を低減させる行動を日常生活の中に取り戻すことである。それなくして、30年46%削減など夢のまた夢でで終わってしまうだろう。

 過去100年を振り返ると、私たちは豊かな生活を求め急速な経済発展を遂げた。その結果、森林、生態系の破壊、資源の浪費、土壌、大気、水質汚染、さらに地球温暖化など地球環境を修復不可能といわれるほど傷つけてしまった。

 今回の46%削減目標は、破壊してきた地球の健全性を取り戻す第一歩に過ぎない。

「環境と経済の両立」,国連提唱の「SDGs」(持続可能な開発目標)などのスローガンは心地よく聞こえるが、その中味を吟味すれば、これ以上環境を悪化させないための現状維持政策に過ぎないことが分かる。限界を超えて破壊された地球を修復し、健全な地球を取り戻すためには、環境修復を最大目標に掲げ、その枠内で経済活動を営む発想、価値観が求められる。これを「地球哲学」と呼ぶことにしよう。

 地球哲学に依拠して46%削減を目指すなら、政府の積み上げ方式にいくつかの修正を加えなければならない。

▽ 地震列島の日本では原発リスクは大きい

 第一は原発の廃止である。政府案では火力発電依存度を減らすため、総発電量に占める原発依存を30年には2割程度(現在6.2%)に引き上げる方針だ。そのために40年超の老朽原発の稼働期間を20年延長する方針だ。だがこの手法はリスクを高めるだけの禁じ手だ。

 旧ソ連時代のウクライナでチェルノブイリ原発事故が起こったのが1986年4月26日だった。あれから約35年が過ぎたが、テレビが映し出した事故現場周辺はなお強い放射性物質が立ち込め、廃墟のままだ。2011年3月の福島東京電力原発事故から10年経過したが、被災した地元の復興は遅々として進まない。放射性物質を含む汚染水の海洋放出を巡って風評被害を恐れる地元と政府は対立したままだ。

地震・火山列島の日本で、近い将来、大地震が発生する確率が高まっており、原発の新増設、老朽原発の延長はなんとしても避けなければならない。

第二は電力料金引き上げという脅しである。火力発電に代って太陽光や風力などの再エネ比率が高めれば、電気料金を引き上げざるをえなくなり、家計を圧迫するという脅し文句だ。確かに太陽や風力は気まぐれな自然エネルギーのため、石炭や原子力と比べれば、供給が不安定なうえ、発電コストが高いかもしれない。だが、それによって、健全な地球環境が修復、維持されるなら、値上げを受け入れ不便を承知で再エネを選ぶ姿勢が求められる。もちろん、それに合わせて日常生活での節電、ヒートポンプなどの自然界の温度差の活用によって、電気料金の引き上げに対抗する努力が求められる。

▽ 環境保全条文を憲法に明記し、学校教育にも反映を

これからの日本に地球哲学を定着させるための方法は大きく二つある。一つは小中高校の教育制度の中に地球哲学関連の教科を設置し、健全な地球を将来世代に引き継ぐことの大切さを教えること。第二は日本国憲法の条文の中に健全な地球を将来世代に引き継ぐ義務を現在世代は負わなければならないことを明記(地球環境条文)することだ。現代世代の利益追求のために将来世代に負の遺産を押し付ける行為を繰り返してはならない。

(2021年5月4日記)

作成者: tadahiro mitsuhashi

三橋規宏 経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から名誉教授、専門は経済学、環境経済学、環境経営学。主な著書に「新・日本経済入門」(編著、日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)など多数。中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など歴任。

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