リチウムイオン電池, 電気自動車100%

SOS地球号(254)  電気自動車100%に3つの壁

▽ 温室効果ガス排出、50年に実質ゼロ

 菅義偉首相は昨年10月に招集された臨時国会で首相就任後初の所信表明演説を行った。その中で「温室効果ガス排出量を2050年に実質ゼロ(カーボンニュートラル)にする」と宣言した。欧州と比べ温暖化対策の取り組みが周回遅れだっただけに大きな前進といえる。その実現の一つとして今年1月18日招集の通常国会・施政方針演説で、2035年までに新車販売で「電動車100%」を実現させるとさらに踏み込んだ。それまでは「30年代半ば」と曖昧な表現だった。日本の場合、温室効果ガスの2割弱をガソリン車などの自動車が排出しており、電気自動車(EV)100%が実現すれば脱炭素へ向け大きく進むだけに歓迎したい。

 だが、この目標達成は実は容易なことではない。三つの難問が大きな壁として立ち塞がっているためだ。それを乗り越えるだけの覚悟と実行力が問われる。

 電気自動車はガソリン車と違って電気でモーターを動かして走る。具体的にはバッテリーの直流電流を「インバーター」を使って交流電流に変えてモーターを動かす。その要(かなめ)になるのがリチウムイオン電池である。良質で安価、長持ちするリチウム電池の開発が勝負だが、そのためには三つの難問を解決しなければならない。

▽ リチウム電池の原材料が特定地域に偏在

第一の難問はリチウムイオン電池に必要な原材料が特定地域に偏在していることだ。

リチウムイオン電池は電解液、セパレーター、負極材、正極材の主要4部材から構成されているが、それぞれの部材に使われる原材料の中にはレアアースやレアメタルといってこの地球上における賦存量が少なく、しかも取り出すことが難しい希少資源が多い。

 しかも厄介なことにこれらの資源の生産地が特定の国に偏在していることだ。たとえば、レアアースは中国に集中しており、世界市場の約97%を寡占支配している。レアアースの中でも、EVの駆動モーター用永久磁石をつくるのに必要なディスプロシウム、テルビウムなどは中国の戦略物資と言われている。リチウムイオン電池に必要なレアメタルとしては、リチウム、コバルトなどが欠かせない。リチウムは南米のチリ、アルゼンチン、ボリビア、ブラジルに世界の可採埋蔵量の約80%が賦存している。残り20%が中国、オーストラリア、アフガニスタンなどだ。生産量ではチリが42%を生産し世界一を誇る。次いでオーストラリア、25%、アルゼンチン12%などとなっている。

 コバルトはリチウムイオン電池の正極材に使われる。アフリカのコンゴに50%、南隣のザンビアに10%が賦存している。日本の国家備蓄対象の重要な品目の一つだ。備蓄目標は国内基準消費量の42日分だが、現実はその半分以下の備蓄しかないと推測されている。

リチウムイオン電池に必要なレアアースやレアメタルの安定調達のためには、産出国との関係が良好であることが望ましい。だが中国とは沖縄・尖閣諸島の領有権問題を巡って緊張関係が続いている。他の原産国とも特別親しい関係ではないし、政情不安な国も多い。資源欲しさからこれらの国に接近すれば逆に反発を招きかねない。長期的視点で、これらの国の経済発展に積極的に貢献し、友好関係国として良い関係を構築するため官民一体となって取り組むことが望ましいが、それができるかどうか。

▽ 技術開発で中韓企業の追い上げ

 第二の難問は技術開発だ。特に中国、韓国からの追い上げにどう対処するかは難問だ。リチウムイオン電池の開発は日本が先行してきた。2019年のノーベル化学賞受賞者、吉野彰氏(旭化成名誉フェロー)の受賞理由はリチウムイオン電池の開発への貢献だった。充電式電池(二次電池)として長く使われてきたのは、19世紀末に発明されたニッケル・カドミウム電池だった。それに代わり登場したのがリチウムイオン電池だ。100年振りの主役交代といえる。「小型、軽量、高性能」の利点を生かし、インターネットやスマホなどの急速な普及、発展を促し今日のデジタル社会を支えてきた。工場の生産システム、農機具などに埋め込まれ生産性を飛躍的に拡大させてきた。

 ところがこの分野に中国や韓国企業が低価格を武器に積極的に参入、日本企業は急速にシェアを奪われている。今後、期待されるEV向けリチウムイオン電池の開発,生産でも劣勢に立たされている。 IT関連の市場調査会社、テクノ・システム・リサーチの調べによると、2020年の車載リチウムイオン電池(見込み)の出荷容量を企業別シェアで比較すると、中国2社が約34%、韓国2社32%に対し、日本唯一の車載電池メーカー、パナソニックは18%に止まる。前年比約3%もシェアダウンしている。

 パナソニックには奮起を期待したいが、リチウムイオン電池を構成する素材メーカーを大きく育てる戦略も欠かせない。電子部品や半導体製造装置メーカーのように、日本の最終品メーカーが力を失っても、その部品に限っては他社が真似のできない専門性の高い部品をつくって、世界シェアの40%、50%、さらにそれ以上のシェアを誇る企業は少なくない。

 吉野彰旭化成名誉フェローは「電解液は厳しいが、正極材、負極材、セパレーター(絶縁膜)の3つの材料ではまだ日本が優位性を保っている」と指摘している。

日本電産の永守重信会長は「EVの普及で、完成車メーカーに部品会社が連なるピラミッド型の系列構造が揺らぎ、モーターやバッテリーなどの主要部品を世界の自動車大手に手広く供給するメガサプライヤー(巨大部品会社)が台頭する」と予言する。この流れに沿って、最近、日本の自動車部品素材メーカーの合併、提携が相次いでいる。前途多難だが、車載リチウムイオン電池を構成する素材メーカーの大同団結に期待したい。

▽ 電源構成を変えないと、CO2排出が増えるリスク

第三の難問はEVの開発、普及の速度である。

菅首相は35年までに新車販売で「電動車100%」を公約したが、急ぎ過ぎると、逆にCO2の排出を増やしかねないリスクがあることだ。モーターで走るEVは走行中にCO2を排出しない。それは結構なことだが、定期的に充電しなければならない。その電気の質が問題なのだ。日本の最新の電源構成比を見ると、天然ガス、石炭、石油などの化石燃料が77%占める。残りが水力8%、太陽光・風力などの再エネ9%、原子力6%だ。この構成比が35年まで変わらず、EV100%が実現すると、CO2の排出量は現状比で10〜15%増えてしまう、との推計もある。

35年までに再エネ比率を大幅に増やさないと、EVだけ増やしてもCO2の排出削減に結びつかない。

 戦後の高度成長体験から抜け出せず、突然の原発事故やコロナ禍に積極的対応ができなかった日本が、「35年、EV100%」の錦の御旗を契機に今度こそ三つの壁を乗り越えるために過去の成功体験をかなぐり捨て、産業構造の大転換に取り組めるかどうかが問われている。

(2021年2月18日記)

作成者: tadahiro mitsuhashi

三橋規宏 経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から名誉教授、専門は経済学、環境経済学、環境経営学。主な著書に「新・日本経済入門」(編著、日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)など多数。中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など歴任。

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