GOTOトラベル, 傾斜生産方式, 新型コロナウイルス

SOS地球号(253)  コロナに強い[医療大国]目指せ

医療崩壊秒読みの段階

 新型コロナウイルスの脅威が急速に拡大、感染者数、重症患者数,死亡者数が日ごと最大数を更新、「医療崩壊が直前に迫っている」と、医療従事者が悲痛な叫びを挙げている。

 菅義偉首相、西村康稔コロナ対策担当相、小池百合子東京都知事などの政治家が「年末年始の外出自粛」を訴える姿が毎日のようにテレビに映し出されるが、国民の関心はそれほど高くなく、年末の繁華街の中には多くの人で混雑したところも結構見られたようだ。

 

感染症の基礎知識、科学的知見不足が原因

なんでこんな事態に追い込まれてしまったのだろうか。

一言でいえば、コロナウイルスに代表される感染症の基礎知識,科学的知見が国を動かす政治家ばかりか、多くの国民にも不足していたことが指摘できるだろう。特に今度のコロナウイルスの特徴として、若者は感染しても軽症で済み、高齢者や持病持ちは重症化、死亡につながるという極端な違いがある。当然、若者の中には、「なぜ、高齢者や持病持ちのため、自分たちが犠牲にならなければならないのか」と反発し、飲み会やカラオケ,集団旅行に出かける輩も目立った。その中に、一人でも無症状の感染者がいれば、あっという間にクラスター(集団感染者)が発生し、さらに彼らと関連を持つ多くの濃密接触者に感染が広がり、次々と感染の連鎖が拡大していく。

 

「GOTOキャンペーン」は最悪のシナリオだった

 感染症の基礎知識が不足しているため、「コロナ対策と経済対策」の両立を目指し、政府が昨年秋に打ち出した「GOTOキャンペーン」による旅行や飲食奨励策が人の移動を加速させ、コロナウイルスを全国各地にまき散らしてしまった。深刻な感染「第3波」の広がりにはこんな政府の判断ミスが背景にあった。

 今、最も必要なことは感染症に対する科学的知見に基づいた抜本的な対策の実行だ。これ抜きでコロナ感染の猛威を防ぐことは難しい。

 昨年11月の米大統領選挙でトランプ大統領が破れた最大の原因は、医療専門家の忠告を無視し、コロナ対策を軽視したことが挙げられる。その結果、感染者数、死亡数で世界最悪の記録を積み上げ、敗北を招いた。コロナがなければ、あるいはコロナに対して科学的知見に基づく対策を地道に実施していれば、トランプ大統領の再選が実現していたかも知れないのである。

 

「コロナ対策と経済対策の両立」は論理矛盾

 政府が「コロナ対策と経済対策」の両立を打ち出したとき、そんな都合のよい対策などあり得ないと思った医療専門家や経済アナリストは少なくなかったと思う。コロナウイルスは人と人との接触、人の移動に伴って拡散することが感染症の歴史を知る医療専門家や経済史家の間では常識だったからである。

その点から言えば、「GOTOキャンペーン」は感染者を増やすだけの最悪のシナリオだったと言わざるを得ない。

 

医療分野へ集中的にヒト、モノ、カネ、情報を投入せよ

 それではどうすれば良かったのだろうか。戦後の日本を振り返ると一つ参考になるヒントがある。石炭・鉄鋼の傾斜生産である。戦後最初の経済白書は昭和22年(1947年)に発表されたが、その中で「国家も赤字、企業も赤字、家計も赤字」と発表した。戦争で廃墟と化した当時の絶望的な日本の姿を見事に説明している。その廃墟の中から日本を立ち直らせる原動力になったのが石炭・鉄鋼の傾斜生産方式だった。あれもこれもではなく、限られた資金、資材、人材を石炭と鉄鋼に集中的に投資し、生産を拡大させることで経済を再建させたのである。この方式を傾斜生産方式と呼んでいる。

 今回のコロナ対策で最も必要なことは崩壊寸前の医療分野への大胆なテコ入れである。医療分野に集中的、傾斜的に資金、資材、人材を投入することで医療分野を立て直し、さらに一歩進めて日本を世界に冠たる医療大国に脱皮させることだ

 病院不足、医師・看護師不足を短期間で解消する、縦割りの専門分野で独立している各種医療機関を横につなげ情報交換、相互協力体制を強化させる、PCR検査はいつでもどこでも受けられるようにする、コロナ対策に必要な医薬品やワクチンの開発,さらに関連する医療機器開発などの分野にも大量の資金を投入する、オンライン診療や在宅医療などの拡充も大切だ。医療分野が充実してくれば、無症状患者の早期発見、入院患者の早期回復、退院、効果の大きいワクチン開発と接種が全国民に広がり、集団免疫が形成されるようになれば、コロナの脅威を軽減させ、コロナ禍からの脱出も容易になるだろう。

 

コロナに弱い成熟社会の産業群

 日本はすでに成熟社会に入っている。産業構造を見ると、第三次産業の生産比率が70%を超えている。その中心を占めるサービス産業の中には、小売り、旅行、飲食、スポーツ、娯楽などのように三密、人口移動などコロナ感染につながる業種が集中している。

「GOTOトラベル」を利用して、沖縄に出かけた友人が、「飛行機満員、ホテル満員、ホテルレストランの朝食時の若者の大騒ぎ」に辟易し、これではコロナ感染を拡大させるだけだと嘆いていた。

 政府が「コロナ対策と経済政策」の両立という矛盾する二つの目標を掲げて取り組んだことが、結果としてコロナ感染第3波を招いてしまったことを肝に銘ずべきだ。

 

医療産業の経済波及効果は大きい

この際、国家百年の計として、世界に冠たる医療大国の構築を掲げ、一点集中主義で医療分野の強化を図るべきである。医療分野の拡充・強化が実現すれば他産業への波及効果も大きくなる。例えば、治療のための医療機器を動かすために必要な電力を脱炭素に必要な太陽光や風力などの再生可能エネルギーに切り換える、そのためには丈夫で容量の大きい送電網の建設、電気を貯める大型の蓄電池も必要だ。洋上風力発電は2万を超える様々な部品で構成されている。デジタル関連技術を駆使するために様々なタイプの半導体の生産も必要だ。それが関連する素材産業の需要を誘発し、活力を引き出す。こうして様々な産業分野に医療大国を軸とする新しい経済発展の波が押し寄せ。新しい発展パターンが定着していく。

目下、コロナ対策で外出自粛の影響を受ける旅行業、航空会社、宿泊施設、飲食店などには、期間を定めて固定資産税などの免税措置、所得補償、店舗などの賃貸料の一時的凍結、従業員の所得補填などコロナの直撃を受けた企業,従業員が生き残れるための対策に止めるべきだ。コロナ禍が治まれば、早晩、通常の経済活動が戻り、これらの業種も急速に回復できるだろう。

(2021年1月5日記)

作成者: tadahiro mitsuhashi

三橋規宏 経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から名誉教授、専門は経済学、環境経済学、環境経営学。主な著書に「新・日本経済入門」(編著、日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)など多数。中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など歴任。

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