パリ協定, パンデミック, 新型コロナウイルス

SOS地球号(243)  自国中心の「部分最適」が招いたコロナ禍

▽ 足踏み気味の地球温暖化対策への教訓

 突然降ってわいたような新型コロナウイルス感染がわずか3ヶ月程の間に世界を席巻、多くの死者を出し,世界経済に大打撃を与えている。

 昨年12月、中国の湖北省武漢市で原因不明の肺炎の発症が相次ぎ、原因を調べたところ新型コロナウイルスが検出された。発生源は野生のコウモリとされているが、ヒトからヒトへの感染も確認された。感染者は日本やタイ、米国、イタリア、スペインなど国外にも短期間に広がった。

 米ジョンズ・ホピキンス大学の最新の集計によると、新型コロナウイルスの感染者は世界全体の累計で130万人を超え、死者も7万人を超えた。世界181カ国・地域で感染が認められ、新型コロナウイルスの感染は「パンデミック」(世界的な大流行)の状態にあり、収束の気配は見えない。 

 短期間に世界を震撼させ、08年のリーマンショックを上回る経済的打撃が見込まれる今回のコロナショックの原因を探ってみると、足踏み状態にある地球温暖化対策の「反面教師」になるいくつかの教訓が得られる。

 

▽科学的知見の軽視

第一に指摘できることは、科学的知見の軽視である。地球温暖化も新型コロナウイルスも人間活動に起因する人災である。生活の豊かさを支える化石燃料の大量消費、野生生物の世界への一方的な侵略などが背景にある。人間活動が野生世界の領域に進出しなければ、野生世界のウイルスが人間に感染することはなかった。かつて流行したエイズ(ヒト免疫不全ウイルス)もその典型だ。原因は人災でも現象としては自然災害として発生している。自然災害がどのようなメカニズムで発生し、それが引き起こす災害の程度、その対策、治療方法などは科学的知見に負う部分が大きい。

 科学的知見を軽視する米トランプ大統領は新型コロナウイルス感染がまだ初期の段階だった2月下旬、選挙集会で「(コロナウイルスは)民主党のでっち上げ」と切り捨て、「アメリカ人のコロナ感染リスクはとても低い」と断言した。3月9日には「昨年インフルエンザで3万7000人が死亡したが、コロナ感染者は546人、死亡者は22人に過ぎない」と高をくくっていた。それが3月下旬から4月初めにかけて、感染者,死者数が激増すると発言を一転させた。3月31日には「今後2週間がとても苦しい時期になる」と警告した。ホワイトハウスは同日、「コロナウイルス感染の流行で、24万人の米国人が死亡する恐れがある」と警鐘を鳴らした。8日現在、米国の感染者数はさらに増え35万人を突破、死者も1万人を超えた。同日の記者会見で大統領は「今週から来週にかけて最も厳しい週になる。残念ながら多くの人たちが亡くなるだろう」と顔を歪めた。

 科学的知見を軽視した結果、新型コロナウイルス対策が先進国の中では最も遅れ被害が深刻化してしまった。科学的知見を比較的重視する欧州でさえも準備不足でパンデミックを招いてしまった。世界最大の経済力、最新の医療技術を誇る米国でさえ、科学的知見を軽視し対策が後手に回れば、計り知れない打撃を受けるのである。コロナショックを契機に米国は温暖化対策軽視、パリ協定離脱宣言を撤回し、温暖化対策に本気で取り組む体制を早急に整える必要があるだろう。

 

▽部分最適の罠

 第2に指摘したいことはこの数年、世界が部分最適の罠にはまり込んでしまったことだ。「米国第一主義」を掲げて登場したトランプ大統領の米国、EU(欧州連合)を離脱した英国、「一帯一路」構想を推進する中国などが代表だ。第2次世界大戦後の世界は、主要国が関税引き上げなど「自国第一主義」を掲げ、戦争を引き起こした反省から、グローバル化を積極的に推進してきた。その結果、経済,人、技術、文化などのグローバル化が一気に進んだ。

 67年にドイツ、フランス、ベネルクス3国など6カ国でスタートした現在のEUは旧東欧諸国などを加え2013年には28カ国まで増えた。全体最適を求めた動きだった。ところが今年1月、英国が離脱し、初めて加盟国は27カ国へ縮小した。旧東欧、中近東から労働者や難民が大量に英国に流入することへの反発から離脱に踏み切った。戦後の世界経済の守護神を務めてきた米国も、中国などとの間に巨額の貿易赤字を抱えてしまった。さらにこれからの社会に大きな役割を果たすデジタル関連技術の海外流出阻止に躍起だ。この目的達成のため、世界経済の守護神の旗を降ろし「アメリカファースト」に舵を大きく切り換えた。

 中国も14年に掲げた「一帯一路」政策を強力に推進している。中国から中央アジア経由で欧州へつながる「シルクロード経済ベルト」と中国沿岸部から東南アジア、スリランカ、アラビア半島、アフリカ東部を結ぶ「海上シルクロード」の二本立てで、中国中心の経済開発、資源確保を目指している。

 EU、米国、中国など世界の主要国が自国中心の部分最適(ナショナリズム)を指向する中でコロナショックが起こった。各国が全体最適(グローバリズム)の視点で対応していれば、パンデミックを抑えることが出来たかもしれない。例えば発生源の中国が早い段階でコロナウイルスの感染や死者の状況、予防薬や人工呼吸器の有効利用など医療現場の具体的な様子を情報として詳細に国際社会に発信し、必要ならメンツにこだわらず緊急物資や医者などの医療従事者の派遣を求めていれば事態はこれほど悪化することはなかっただろう。

 各国が部分最適を積み上げても、全体最適にならず、かえって被害を拡大させてしまったケースである。温暖化対策も部分最適を放棄し,グローバルベースで全体最適を目指さなければ成果をあげることができないだろう。

 ▽デジタル技術の積極的な活用

3番目に指摘したいことは、デジタル技術をフルに活用することだ。新型コロナウイルスの感染予防のためには三密(密閉、密集、密接)を避けることが大切だとされている。7日午後、安倍晋三首相は東京、大阪など7都府県に対し、新型コロナ対策特別措置法に基づき、「緊急事態宣言」を発令した。

3密を避けるための手段としてオンライン医療、オンライン教育,在宅勤務(テレワーク、ウエブ会議などの利用)が奨励されている。オンラインを活用した求人、求職活動も目立つ。国際会議も今年はテレビ会議が増えた。G7(主要7カ国)首脳会議、財務相会議、G20首脳会議などはその一例だ。

 国際会議、ビジネス、教育、医療などのあらゆる分野でデジタル技術がフルに活用されることで、人や物資の移動が大幅に減少することは、環境の視点からは大歓迎だ。今年に入り中国や韓国,インドの空が目立ってきれいになったのは新型コロナウイルス対策で、工場の稼働が大幅に減少したことや、地域封鎖などで自動車の走行が極端に減ったことなどの影響が大きい。もっとも、経済活動が低迷すれば大気汚染などの環境が改善することは当たり前だ。

 

▽化石燃料中心のV字回復では元の木阿弥

だが、ここで注意しなくてはならないことは、新型コロナウイルスショックを克服した後、従来のように各国が化石燃料中心でV字型経済回復を図れば、元の木阿弥で温暖化は加速してしまう。デジタル技術を駆使し、省エネ、省資源型の経済発展を各国が目指すことでパリ協定の目標も達成することが可能になるだろう。

 日本の場合、再生可能エネルギーを中心とする新しいエネルギー政策を推進するためのチャンスとしてデジタル技術を積極的に活用すべきだろう。分散型エネルギー・水素エネルギーの開発、普及、促進、それを支える新しい送配電網の構築、緊急時に地域発電所の役割が果たせる電気自動車の普及も急務だ。デジタル技術を柱に据える新しい成長パターンを目指すことで日本は活力を取り戻すことが出来るだろう。

(2020年4月10日記)

作成者: tadahiro mitsuhashi

三橋規宏 経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から名誉教授、専門は経済学、環境経済学、環境経営学。主な著書に「新・日本経済入門」(編著、日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)など多数。中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など歴任。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です