温室効果ガス(GHG)削減のための国際枠組み、パリ協定は今年からスタートしたが前途多難である。GHG削減に重要な役割を担う主要国のいくつかが削減に消極的なためだ。昨年12月、スペインのマドリードで開かれたCOP25(第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議)はパリ協定の具体的なルールづくりを目指したが、各国の利害が対立し先送りを余儀なくされた。
私たちの住む地球は、今、断崖絶壁に向けてひた走る暴走列車のように見える。温暖化が原因で異常気象は日常化し世界各地で深刻な自然災害を引き起こしている。天然資源は枯渇し、生態系の多様性が失われ、海はマイクロプラスチックで溢れ、水不足、食糧不足も深刻だ。
特に温暖化による異常気象は深刻で一刻も早くGHGの大幅削減が求められているが、そうした動きに背を向け、待ったをかける世界の有力政治家3人の存在が際立っている。
トランプ大統領
最初にあげなければならない政治家はご存知、米国のトランプ大統領である。
先進工業国のリーダーとしては珍しく「科学的知見」を軽視し、「温暖化は中国の陰謀だ」などと言ってのける。大統領就任前から、「パリ協定は米国に不利な条約なので離脱する」と公言しており、COP25が始まる直前の昨年11月4日、ポンペオ米国務長官は「パリ協定から米国が離脱するための手続きを開始した」と発表した。
トランプ大統領は就任後矢継ぎ早に温暖化対策潰しを進めてきた。就任後すぐ火力発電の環境規制緩和に踏み切ったのを皮切りに、原油やガスの掘削で漏れるメタンガスの排出規制緩和、さらに昨年はカリフォルニア州が定めている厳しい自動車の環境規制を廃止し、連邦政府が決めた緩めの規制緩和に従うよう求めた。これに対し同州は「トランプ政権を提訴する」としており、直ちに自動車の環境規制緩和が実施されるわけではないが、同大統領の「温暖化対策より経済優先」の姿勢は明確だ。
米国のGHG排出量は世界の排出量(2016年現在)の15%を占め中国の28%に次いで世界で2番目に多い。その米国が温暖化対策に背を向ければ他国への影響は極めて大きい。
ボルソナーロ大統領
2番目にあげなければならない政治家は昨年1月に就任したボルソナーロ・ブラジル大統領だ。極右政党出身でその荒っぽい言動がトランプ大統領に似ているため「ブラジルのトランプ」と称せられている。環境保護より経済優先を強調しアマゾンの積極的な開発を掲げて大統領になった。アマゾンは南米9カ国に広がる世界最大の熱帯雨林帯で、世界の酸素の20%を供給していると言われる。その6割がブラジル領だ。
ハンバーガー用の肉牛牧場、中国向けの大豆生産農地拡大などのため森林の伐採が加速している。昨年アマゾンの火災が異常な広がりを見せた背景には焼き畑づくりのための人為的な火災が目立ったと指摘されている。
ボルソナーロ大統領はアマゾン開発の批判者には激しく噛み付く。たとえば、昨年8月フランスで開かれた先進7カ国(G7)首脳会議でフランスのマクロン大統領が「アマゾン火災は国際的な危機だ。G7 で優先的に対策を議論すべきだ」と呼びかけたことに対し、ボルソナーロ大統領は、ブラジル国内の問題に介入するのは「植民地主義者の発想だ」と切って捨てた。アマゾン火災の緊急支援に多額の寄付を表明した米俳優、レオナルド・ディカプリオ氏に対しては、「寄付金が欲しいNGOが放火に携わっている」と一蹴した。16歳の環境活動家,グレタ・トゥンベリさんが「ブラジルの環境活動家が殺される事件」を批判したところ、同大統領は「新聞があんなガキの言うことに紙面を割くことに驚いた」と蔑視発言で応酬した。
アマゾンの森林伐採が今日のようなペースで進めば、今世紀末にもアマゾンが砂漠化してしまうとの科学者の警告もある。同大統領のアマゾンの開発路線は温暖化加速に大きく加担する行為と言えよう。
安倍首相
3番目の政治家は安倍晋三首相である。ソフトタッチの安倍首相は前述の二人の政治家と違って、正面から温暖化対策を批判せず、逆に温暖化対策に協力する姿勢を示している。このため読者の中には安倍首相を温暖化対策に背を向ける政治家としてあげることに疑問を呈する向きもいると思う。
安倍首相の最大の問題は「石炭火力」の積極的な推進論者であることだ。パリ協定は産業革命前からの気温上昇を2度未満、できれば1.5度までに抑えると言う目標を掲げ、今世紀後半にGHG排出を実質ゼロにすることを目指している。それを実現させる手段として、石炭火力発電の全廃が国際的な課題になっている。環境に熱心な欧州では英独仏伊など,北米ではカナダが30年までに石炭火力発電廃止を発表している。
これに対し日本は2018年7月に30年を視野に入れた中期エネルギー政策、「新エネルギー基本計画(第5次)」を閣議決定した。同年までにGHGの排出を26%削減(2013年比)する目標を掲げた。この計画では30年の電力発電に占める石炭火力の構成比は26%を占める。欧州主要国が30年までに石炭火力を全廃する目標を掲げている中で、日本が石炭火力依存度26%を掲げているのは異常に見える。先のCOP25で石炭火力廃止に消極的な日本に各国政府、NGOから厳しい批判が投げかけられたのは記憶に新しい。
安倍首相は2012年末に首相に就任して以来7年を越え戦後最長の記録を更新中だ。この間、温暖化対策として石炭火力発電の廃止に言及したことはない。電力発電に占める石炭火力の割合は、福島原発事故前の2010年が25%、事故後の12年が27.6%、30年はすでに指摘したように26%だ。石炭火力重視の姿勢は一貫している。しかもアジア諸国への石炭火力発電の輸出にも積極的だ。
安倍首相が石炭火力発電に積極的なのは石炭火力推進の拠点である経済産業省から多くの人材が官邸に送り込まれていることと無縁ではないだろう。
石炭火力がGHGの大量排出源であることは周知の事実である。世界の潮流に棹さし、石炭火力にこだわりつづければ、国際的に孤立するだけではなく、温暖化対策に非協力的な国の烙印を押されてしまう。この際、ガラバゴス化が目立つ経産省のエネルギー政策と決別し脱石炭火力を大きく掲げ、温暖化対策に積極的に取り組む日本の姿を明確に打ち出すべきだ。
科学に裏付けられた時代の流れに逆らう行為は、短期的には時代に抗することができても、長期的には時代錯誤者として歴史に汚名を残すだけである。
(2020年1月11日記)