サピエンス, 環境危機時計

SOS地球号(239)  暴走列車、地球号を止められるか

成果ナシのCOP25に失望

 地球温暖化対策を話し合うためのCOP25(第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議)は会期を延長して協議を続けたが,各国の利害が対立し,来年から始まるパリ協定のルールづくりを先送りするなど期待された成果が得られないまま閉幕した。

 この一事からも明らかなように、私たちの住む地球は、今、断崖絶壁に向けてひた走る暴走列車のように見える。宇宙から見る地球は「ブループラネット」(青い惑星)として燦然と美しく輝いているそうだ。その地球も、内側から見ると縦横に亀裂が走りぼろぼろの状態だ。異常気象は日常化し世界各地で深刻な自然災害を引き起こしている。天然資源は枯渇し、生態系の多様性が失われ、海はマイクロプラスチックで溢れ、水不足、食糧不足も深刻だ。

 

環境危機時計は午後9時46分、赤信号点滅

公益財団法人「旭硝子財団」が発表した最新(19年9月)の環境危機時計(人類存続の危機に関する認識)によると、世界全体の危機時刻は午後9時46分で危機的状態だ。同財団は気候変動、生態系、大気汚染、水、食糧事情、人口増加など9項目について世界の環境問題の専門家約2千人にアンケート方式で危機の度合を調査し、その結果を12時間表示の危機時計として発表している。92年の第1回調査では「かなり不安」の7時49分だった。それから27年後の今、危機時計は約2時間進み「極めて不安」の領域入っている。破局までの残された時間はわずか2時間14分に過ぎない。赤信号が激しく点滅している。

 

旺盛な人間活動が暴走列車を加速させている 

なぜこのような危機を招いてしまったのだろうか。最大の理由は旺盛な人間活動にある。豊かさを求めて限りなく続く経済成長が世界人口を爆発させ地球の限界に突き当たってしまったと言えるだろう。特に人口増加は深刻だ。世界人口は現在約77億人だが、国連の推計によると,2050年頃には90億人を越え、2100年には112億人に達する可能性があると指摘している。増加の大部分はインド、アフリカ地域だ。一方、世界経済は年率3%台の成長を続けている。地球は無限の存在ではない。多くの人口を抱え様々な技術を動員し経済成長を続けたことで、資源は枯渇し、森林が伐採され、大気や陸地、海洋が汚染され、地球温暖化を加速させている。

 コップに水を注げば、いつか一杯になり水は溢れてしまう。地球も同じで、資源を使い続け、有害物質を排出し続ければ資源は枯渇し地球は壊れてしまう。

 

ホモサピエンスの歴史的視点に立つ考察が必要

 暴走する地球号を破局から救うためには、増え続ける人口を抑制し、「経済成長を善」とする発想から抜け出す知恵が必要だ。果たしてそれは可能だろうか。

 この問題を解くカギは私たち現代人の本質を歴史的視点に立って考察する必要がある。現在地球を支配している私たち現代人は人類学の分類ではホモサピエンス(賢いヒト)と名付けられている。

 イスラエルの人類史学者、Y.Nハラリ著「サピエンス全史」によると、人類が初めて姿を現したのはおよそ250万年前のアフリカだ。地球の誕生が約45億年前なので地球の歴史からみれば人類の誕生はごく最近のことである。それ以後、様々な人類が登場しては消えていった。約50万年前にはヨーロッパと中東でネアンデルタール人が出現する。それから30万年後の約20万年前、私たちの先祖となるサピエンスが東アフリカで誕生する。7万年前にはアフリカ大陸を出て世界各地に広がる。

 約3万年前には腕力や体力で勝るネアンデルタール人を滅亡させサピンスが唯一の人類となった。サピエンスを勝利に導いたのが優れた認知能力(学習、記憶、意思疎通の能力)であり、それを伝える言語の創造だった。

この認知能力によって、1万2千年前に農業革命が起こり、500年前に科学革命、200年前に産業革命が起こり今日に至っている。この過程で様々な技術が生まれ、

高い経済成長が実現したが、同時に人口爆発、資源枯渇、環境破壊などの負の遺産が蓄積され、地球の限界に突き当たってしまった。

 

「イケイケドンドン」型の経済発展に適応

 サピエンスの持つ認知能力は、「イケイケドンドン」型の経済発展に適していた。地球に余裕があった20世紀初め頃まではまだ増え続ける人口、経済発展に伴う資源枯渇や環境汚染などを心配することはなかった。しかし「イケイケドンドン」型の経済発展が加速し拡大した20世紀中頃以降、地球の限界に突き当たってしまった。

 「イケイケドンドン」型の経済発展では地球は壊れてしまう。それとは逆の発想が求められる。一つの地球と折り合うための知恵、例えば、適正な世界人口の維持、マイナス成長の下での豊かな生活、資源循環、脱炭素社会の構築、自然との共存などである。これまでのサピエンスはこの分野は未経験であり、サピエンスの認知能力がこの分野で発揮できるかどうかは分からない。

発揮できなければ映画「デイ・アフター・トウモロー」のように想像を超えた自然災害、水や食糧争奪戦が国家間の戦争に拡大し核戦争で終末を迎えることになるかも知れない。過去に誕生しては消えていった多くの人類同様、サピエンスもまた約20万年の短命で地球上から姿を消してしまうかもしれない。

 

日本の近未来にサピエンスの命運がかかっている

 その点でこれから近未来にむけての日本の行動はサピエンスの将来を占う貴重な実験になるだろう。日本の人口は今後急速に減少し2050年頃には1億人を割り込む見通しだ。その影響で、経済成長も早ければ25年頃からゼロ成長、35年以降にはマイナス成長に落ち込むだろう。一方で脱炭素、巨大地震対策としての脱原発も進めなくてはならない。悲観一色に見える近未来の日本の状況を逆に好機と受け止め、それらの制約をプラス要因として受け止め、解決し乗り越えるため未開発の認知能力を日本人が発揮し開花させなければならない。それができれば、暴走列車、地球号を止めることができるだろう。

 様々な変数からなる難解な方程式を解くようなもので、成功の可能性は決して高くはないかも知れない。だが、この際、腹をくくって、既存の政治経済体制と決別し、一つの地球の折り合うための新しい知恵,ルールづくりを目指して,サピエンスの代表として挑戦してみる価値はあるだろう。

                       (2019年12月18日記)

 

作成者: tadahiro mitsuhashi

三橋規宏 経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から名誉教授、専門は経済学、環境経済学、環境経営学。主な著書に「新・日本経済入門」(編著、日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)など多数。中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など歴任。

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