○ 企業経営の基本は「経済と倫理の両立が必要」と説く
令和時代を特徴づける変化として、1万円札の顔が福沢諭吉から渋沢栄一に変わる。渋沢は日本資本主義の黎明期に、「企業は経済(利益追求)と倫理を両立させなければならない」と主張し、自ら実践した経営者である。バブルが弾ける1990年以前の日本では、渋沢の影響を受けた多くの企業が労使協調路線を定着させ、「経済と倫理」を基礎に置いた経営を実践してきた。この日本独特の資本主義を渋沢資本主義と呼ぶ。
一般に生産手段が私有化され、自由な市場で生産者と消費者が様々な財貨・サービスを交換する経済システムのことを資本主義と呼んでいる。その資本主義は一つではなく様々なタイプが存在する。
○ 資本主義は一つではなく、様々なタイプが存在
経済システムを支える消費者行動、企業行動はそれぞれの国の歴史、文化、宗教、さらにその国の置かれた地理的環境(緯度の高低など)などの経済外的要因に大きく影響を受けるからである。日本型、アメリカ型、英国型、ドイツ型、中国型など国の数と同じぐらい多様な資本主義が存在する。
第二次世界大戦後、パクス・アメリカーナ(アメリカ支配の平和)の時代が始まった。圧倒的な軍事力、経済力で超大国にのし上がったアメリカが覇権を握る平和である。この過程でアメリカ型資本主義が世界経済を席巻し、資本主義といえばアメリカ型を意味するようになった。アメリカ型資本主義は、複雑な歴史、特別の文化、宗教に影響されず教科書通りの資本主義経済として出発した。
複雑な消費者行動、企業行動の中から数式化できる部分だけを取り出し独特の経済学を創り上げた。新古典派経済学である。新古典派経済学は、経済活動から数式化できないモラルの部分を排除し、利益至上主義の経済学として開花した。
○ アメリカ型資本主義は時代に合わなくなり破綻
企業は株主のもの、短期的利益追求、市場万能主義に要約されるアメリカ型資本主義は世界経済の発展に大きく貢献したが、半面、地球の限界(環境悪化、資源枯渇など)、労働環境の悪化、所得格差の拡大、中産階級の没落、法令違反の頻発など負の遺産を噴出させ行き詰まった。トランプ米大統領は、アメリカ型資本主義の破綻が生み出した歴史的産物といえよう。
あらためて歴史を振り返ると、冒頭で指摘したように、世界には多様な資本主義が存在している。アメリカ型に圧倒されその存在が隠されていただけだ。フランスの経済学者、トマス・ピケティは自著「21世紀の資本」の中で、ドイツには「ライン型資本主義」が形成されていたと指摘している。企業は株主だけのものではなく、労働組合、消費者団体、教会、地方政府など利害関係者すべてのものだとする経営モデルだ。今流の言い方では「ステークホルダーモデル」である。日本には、江戸時代に源流を持つ近江商人の「3方よし」、明治に入ってからは冒頭で指摘した渋沢資本主義が実際の経済活動の中で息づいていた。
○ ESG投資やSDGs投資はアメリカ型に代る新経済システムへの挑戦
この数年、世界の主要企業がESG投資(環境、社会、ガバナンス重視の投資)や国連の提唱するSDGs(持続可能な開発目標)投資に意欲的に取り組んでいるのは、破綻したアメリカ型に代る新しい経済システム構築への挑戦である。
ICT(情報通信技術)革命の進展によって農家と様々な異業種企業が連携し、高齢化と低生産性に喘いでいた農業部門を成長産業として復活させようとする試みが各地で進んでいる。インターネットやスマホなどを活用したシェアリングエコノミー(共有型経済)が急速に普及し始めた。
エネルギー分野でも一極集中型の原子力や石炭火力に代って、自立、分散、循環型を特徴とする太陽光や風力などの再生可能エネルギーが存在感を増してきた。自立、分散,循環型のエネルギーは、地域住民の結束と協力が前提になる。
○ 渋沢資本主義に現代の光を当て磨きあげる
地球限界時代の企業は、その存在が世のため人のためにならなければ存続が認められなくなるだろう。その意味で、これからの企業は公共財的性格がより強く求められるようになる。「経済と倫理の両立」が経済発展の条件だと主張した渋沢資本主義はこれらの条件を満たす資本主義として世界の研究者の間で注目を集めている。
破綻した利益至上主義のアメリカ型に代って、経済活動に参加する様々なステークホルダーが互いに結びつき、助け合い、経済成長の成果を分かち合う「ウイン、ウインの関係」を支える新しい経済モデルは、渋沢資本主義に現代の光を当て磨きあげることで誕生してくる予感がする。令和の日本にそれを期待したい。
(2019年5月30日記)