パリ協定, 政府の有識者懇談会

 SOS地球号(231)  政府の長期温暖化対策、技術偏重に危惧

政府の有識者懇談会、温暖化対策の長期対策で提言

 地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」に基づき,昨年8月から日本の長期的対策の方向性を検討してきた政府の有識者懇談会は4月2日、提言をまとめ安倍晋三首相に提出した。パリ協定では温室効果ガス削減のための長期戦略を国連に提出することになっており、すでにカナダ、ドイツ、フランスなどは提出済み、主要7カ国((G7)の中では日本とイタリアが未提出になっている。6月に大阪市で開かれる主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)までに日本案を作成する必要があり、その土台となる提言が今回示されたわけだ。

 提言内容は今世紀後半のできるだけ早い時期に「脱炭素社会」の実現を目指し、その過程で「2050年までに温室効果ガスを80%削減する」とする従来の目標を掲げている。パリ協定は産業革命前からの気温上昇を2度未満、できれば1・5度までに抑えるという目標を掲げ、今世紀後半に温室効果ガス排出を実質ゼロにすることを目指している。

 

70年頃に排出ゼロを目指すが、処方箋には触れず 

 「2050年、80%削減」は実は2016年5月に閣議決定されたもので、今回はそれを上回る野心的な目標提示が期待されていたが、そこまで踏み込まなかった。それどころか、今世紀後半の早い時期がいつ頃を指すのかも明示されていない。懇談会関係者などによると、70年頃を念頭に置いて議論をしたようだが、50年から70年までの20年間にどのように排出ゼロを達成するのかのロードマップも曖昧なままだ。

 提言は具体的な削減対策について、2050年に向けて①水素の製造費を50年までに現在の1割以下にして、天然ガスより割安にして水素社会を実現させる、②排出されたCO2の地下貯留(CCS)や有効利用(CCU)技術の実用化を推進する、③再生可能エネルギーの劇的な低コスト化を促進させるなどの対策が列記されている。 

 一方、地球温暖化の最大要因とされる石炭火力については、依存度を可能な限り引き下げるとの記述に止めている。またCO2排出削減に効果が大きいとされるカーボンプライシング(炭素税など炭素の価格化)の導入については専門的・技術的議論が必要だとして見送っている。

 

次世代原子炉の開発には意欲

さらに原子力については安全確保という課題を技術向上で克服するため、事故の危険性を抑えるとされる次世代原子炉の開発を積極的に推進する方針を打ち出している。

 以上の内容を見ると、昨年7月に閣議決定された新エネルギー基本計画(第5次)から一歩も出ていないことが分かる。同基本計画は2030年までに温室効果ガスの排出を26%削減(2013年比)する目標を掲げている。

 今回の提言は温室効果ガスの排出を30年の26%削減から50年に80%まで削減させるための方向性を示したものだが、著しく説得力を欠く内容だ。

 

石炭火力削減に消極的で脱炭素社会を実現できるのか

第一に指摘したいことは、温室効果ガスの削減を技術で乗り切ろうとする安易な姿勢が濃厚なことだ。地球温暖化は化石燃料の過剰消費など人間活動に起因している。化石燃料に過度に依存したエネルギー多消費型のライフスタイルの転換が優先されなければならないはずだ。その点が軽視され、排出抑制よりも排出されるCO2をCCSやCCUで吸収する技術で乗り切ろうとする技術偏重路線が突出しており、あまりに楽観的だ。計画通り技術が開発されなかった場合はどうするのだろうか。

第二に脱石炭火力の世界潮流に反して、石炭火力の削減に消極的なことだ。政府の新エネ基本計画によると、2030年度の電力発電に占める石炭火力の割合は26%だ。今度の提言でもこの比率は変わっていない。50年に80%削減を目指すためには石炭火力の比重を劇的に削減しなければならないはずだが、その覚悟がまったく感じられない。

第三に太陽光や風力などの再生可能エネルギーを主力電源化するとしているが、発電電力の構成比をどこまで引き上げるのか、そのための対策、推進方法などについても具体的に触れられていない。

 

「令和新時代」を機に、地域分散・循環型のエネルギーシステムの構築目指せ

 提言通り「50年、80%削減」を実現させる唯一の道は原発比率を大幅に引き上げることだ。原発はCO2を排出しないエネルギーとしてパリ協定でも認められている。だが、地震、火山列島の日本では原発依存は危険が大き過ぎ、国民の賛同はとても得られまい。

「令和時代」の日本のエネルギー政策の基本は脱原発、脱石炭火力を大胆に推進し、代って太陽光、風力などの再生可能エネルギー、水素エネルギーを両軸とした地域分散・循環型のエネルギーシステム構築へ向けた大胆な取り組みである。世界の潮流から大幅に遅れ、環境後進国の汚名を返上するための意欲さえ感じられない今回の提言には失望を禁じ得ない。

(2019年4月10日記)

作成者: tadahiro mitsuhashi

三橋規宏 経済・環境ジャーナリスト 千葉商科大学名誉教授 1964年、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、2000年4月千葉商科大学政策情報学部教授。2010年4月から名誉教授、専門は経済学、環境経済学、環境経営学。主な著書に「新・日本経済入門」(編著、日本経済新聞出版社)、「グリーン・リカバリー」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)「サステナビリティ経営」(講談社)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)など多数。中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長など歴任。

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