今年7月から商業捕鯨再開
政府は昨年末(12月26日)、クジラの資源管理をしている国際捕鯨委員会(IWC)を脱退し、今年7月から日本の排他的経済水域(EEZ)内で約30年ぶりに商業捕鯨を再開すると発表した。
脱退を発表した菅義偉官房長官は、昨年9月のIWC総会で「クジラ資源の持続的利用の立場と保護の立場の共存が不可能であることが明らかになり,決断に至った」と脱退の理由を説明した。
反捕鯨国に退路を断たれての決断というが・・・
脱退声明は当の日本国民だけではなく国際社会からも唐突な感じで受け止められ、反捕鯨国からは厳しい非難の声があがっている。
IWCには現在89カ国が加盟している。加盟国を反捕鯨国と捕鯨支持国に分けると、反捕鯨国が英国、ドイツ、オーストラリア、米国など48カ国、捕鯨支持国は日本を始め、アイスランド、ノルウエー,中国、ロシアなど41カ国となっている。このため多数派の反捕鯨国の意向が強く、数の上で捕鯨支持国は劣勢に立たされてきた。IWCは1948年に発足したが、過剰捕獲による個体数の急激な減少を背景に反捕獲国の声が強まり、1982年に商業捕鯨のモラトリアム(一時停止)が決まった。捕鯨国、カナダはこの段階で脱退した。
日本は87年に南極海での商業捕鯨から撤退することを決め、88年から調査捕鯨を開始した。その調査捕鯨についても、オーストラリアが「違法」として国際司法裁判所に提訴し、2014年に同裁判所は日本に調査捕鯨の中止を求める判決を下した。これに対し日本は捕獲頭数を減らすなどして対応してきた。昨年9月のIWC総会で日本は商業捕鯨のモラトリアムを限定的に解除する提案をしたが否決された結果、日本の選択肢はさらに狭められ、政府は「脱退しかない」という結論に達したようだ。
独特のクジラ文化を持つ捕鯨支持国
捕鯨支持国の中には、歴史的にクジラを食料として、皮や骨を衣類など日常生活の様々な資材として活用するクジラ文化が息づいている国が目立つ。日本も縄文の昔から小型クジラのイルカを捕獲しており、江戸時代には組織的な捕鯨団体が活躍し,独自のクジラ文化を形成してきた。戦後の食糧難の時代には貴重なタンパク源として鯨肉が供給された。一方、ノルウエーの北極圏に住む人々ははるか昔から夏場に沿岸に回遊してくるミンククジラを毒矢などで捕獲し、食糧にするなど独特のクジラ文化を引き継いでいる。
歴史的にクジラ文化を持つ捕鯨支持国は、クジラの個体数が持続可能な形で維持されることを前提に商業捕鯨を認めるべきだと主張し、IWC加盟国のノルウエー、アイスランドは違反を承知で商業捕鯨を強行している。
とはいえ、クジア文化の伝統を持つ私たち日本人の多くも、今回の脱退表明は唐突過ぎて、違和感を抱かざるを得ない。
国連主義、国際協調主義の日本外交に汚点
第一に指摘したいことは、国連中心主義、国際協調主義を戦後日本の外交の国是としてきた日本が、自説が否定されたので「それでは脱退します」ではあまりに思慮不足と言わざるを得ない。IWCに残ってさらに辛抱強く日本の立場を主張する道も残されていたのではないか。選択肢が豊富な食肉市場で、鯨肉の国内消費量は年間数千トン程度に止まっており、肉類全体の0.1%を占めるにすぎない。既存の捕鯨業者への配慮は必要だが、商業捕鯨が経営的に成り立つのかどうかは慎重に検証する必要がある。
第二に脱退決定には安倍晋三首相と自民党の二階俊博幹事長の意向が強く働いていると指摘されていることだ。二階氏は捕鯨の盛んな和歌山県太地町を選挙区に持ち、商業捕鯨の積極的な推進者。一方首相の地元、山口県下関市も「近代捕鯨発祥の地」として知られている。二人の実力者が「脱退」で手を結べば、それで通ってしまうのが、忖度政治横行の今の自民党の姿である。外務省は国際協調主義の立場から脱退には最後まで反対だったが、政治主導で押し切られてしまった。
国民、国会軽視の政治姿勢に問題あり
国民の声を広く聞き、国会で十分審議したうえで、それでも脱退が最善の道なのか、それとも時代は大きく変わっており,クジラ文化を持つ日本もクジラの資源状態を十分配慮し、IWCに止まる中で小規模な捕鯨を認めるよう辛抱強く説得する道を選ぶべきか決めても遅くはなかったはずだ。選挙事情を優先させ、国是である国際協調主義をあっさり捨て去ることで、日本が失う国際信用は計り知れないほど大きいことに思いを馳せるべきだった。
(2019 年1月7日記)