司法判断で稼働中の原発停止は初めてのケース
関西電力高浜原子力発電所3、4号機(福井県高浜町)の運転差し止めを滋賀県の住民29人が求めた仮処分申請で、大津地裁(山本善彦裁判長)は3月9日、2基の差し止めを命ずる仮処分決定を出した。仮処分決定は直ちに効力が生じるため、関電は1月から営業運転中だった3号機を停止した。4号機は2月下旬に再稼働したが、その直後に発電機トラブルが発生し緊急停止中だった。稼働中の原発が司法判断によって停止するのは初めてだ。
高浜原発3、4号機については、昨年4月、福井地裁が再稼働差し止めの仮処分決定をくだしたが、8ヶ月後の同年12月に福井地裁は関電が申し立てた保全異議を認め、再稼働差し止め決定仮処分を取り消した。今回の大津地裁の仮処分決定についても、関電側は「速やかに不服申し立ての手続きを行う」としている。地裁で決着が着かなければ、訴訟が高裁、最高裁まで争われる可能性もある。
福島原発事故の原因究明が不足
原発再稼働については、政府、電力会社が推進しようとしているのに対し、安全性の観点から国民の多くは反対の姿勢を強めている。今回の大津地裁の判断は、国民の強い反対を押し切る形で再稼働を進める動きに待ったをかけたもので、国民の不安を代弁した判決と言える。
大津地裁が運転差し止めを決めた理由について、山本裁判長は、関電や原子力規制委員会の福島原発事故の原因究明の姿勢が不十分なことを挙げ、新規制基準を「公共の安寧の基礎と考えるのは、ためらわざるをえない」と批判している。また高浜原発3、4号機について、地震・津波への対策や避難計画に疑問が残る、とも指摘している。
今年は福島原発事故後5年目にあたる。いまなお、10万人近い住民が被爆被害を恐れ避難生活を余儀なくされている。事故現場には放射能を含んだ汚染水のタンクが1千基以上も並んでいる。原子炉の建物に地下水が流れ込んでいるため、汚染水の量は増え続けている。中間貯蔵施設へ持ち込む予定の汚染物質の搬入が大幅に遅れているため、福島県内の学校や空き地などのいたるところに黒い袋に詰め込まれた汚染ごみが大量に放置されている。このような山積する未解決問題を脇に置いたまま、原発再稼働に踏み切り、なし崩し的に再稼働を推進する政府、電力会社の姿勢に国民は強い不満を抱いている。
「世界一の安全基準」は独りよがり?
事故前までは、原発の安全性は専門家に委ねておけば安心だという「安全神話」が生きていた。だが事故後、多くの国民は専門家の「安全神話」に疑問を感じるようになった。「規制委は世界一の安全規制を実施しているので、審査をパスすれば問題ない」と原子力専門家や政府関係者が繰り返しても、誰も信用しなくなった。「世界一厳しい規制」といっても、欧米の専門家の多くは「欧米の規制の方がもっと厳しい」と反論している。根拠に乏しい「世界一」を使って、国民を丸め込む手法はもはや通用しない。
規制委員会に外国人専門家を参加させよ
それでは、国民と規制委との間の安全性についての乖離を埋めるためにどのような方法、対策が考えられるだろうか。二つ指摘しておきたい。
第一は規制委をガラス張りにすることである。原子力規制委員会設置法によれば、規制委の選任は、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命することになっている。
規制委の資格として「人格高潔、専門的知識・経験・高い識見を有する」人物で、中立・公正性を有することが明記されている。しかし時の首相が原発再稼働推進に強い意欲をもっていれば、人格高潔で中立性を備えた人物で構成される規制委員会も、任命者である総理の影響を受けざるを得ないだろう。委員の任期は5年なので、総理は改選時に、自分に近い委員を任命することも可能だ。
規制委をガラス張りにするためには、4人の委員のうち1~2人を外国人専門家にして、グローバルベースで原発の安全性を議論、その内容を広く公開すべきである。
国民総意に基づく結論を
第二は、原発の是非をめぐる議論を一部の専門家だけに委ねず、全国民の声を反映できる超党派の国民会議(仮称)の設立が必要だ。ドイツのメルケル首相が原発全廃を決める過程で重視したのは、「ドイツ脱原発倫理委員会」の報告だった。原発の是非をめぐっては専門家の技術的可能性、安全性評価だけに任せず、倫理的、道徳的な視点を含め議論することが望ましい。ドイツの倫理委員会は宗教家、哲学者、環境、経済学者、NGO,NPO代表など国民各層の代表者で構成し、何度も議論を重ねて結論を出した。
原発の是非を巡る議論は、長期的視点に立って日本のエネルギー政策を進めていくための大きな分岐点になる。原発の経済的なメリット、デメリット、事故発生に伴うリスク、さらに国民の倫理、道徳、価値観などを十分な時間をかけて総合的に議論し、国民総意に基づく結論を導き出すべきだろう。
(2016年4月1日 三橋規宏記)